モノ作りの意識が薄れつつある現状組み込み業界今昔モノがたり(2)(1/2 ページ)

モノ作り大国ニッポンの組み込み業界は品質低下という大問題に直面している。その元凶の1つはコミュニケーション力の著しい低下だ

» 2007年09月03日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]

 第2弾の今回は、中根さんが日々本業を通じて感じている組み込み業界の憂うべき現状について赤裸々に語っていただく。どうやら症状は思ったよりかなり重そうだ。

医療機器メーカーでの経験を振り返る

 前回は、医療機器で事故が発生すると“ブラックリスト”に載ってしまうというところまでをお伝えした。

 では、「これは一体どういうことか?」

 そもそも、医薬品や医療機器など医療行為で用いられるものは、その公益性の高さから、何か異常が判明すると直ちに厚生労働省に報告しなければならない決まりになっている。その事故がどういう条件の下で起こったのか、その原因は何なのかといった状況説明を詳細にまとめて提出しなければならないのである。厚生労働省はその報告書を見て事の重要性を判断し、ランク付けをしたうえで、メーカー名、製品、事故の状況などをそのまま公開する。それが「医薬品・医療機器等安全性情報」で、定期的に公開されており、厚生労働省のホームページにアクセスすれば誰でも自由に閲覧できる。現在の最新バージョンは238号だ(原稿執筆時点)。

 医療機器メーカーにとって、この医薬品・医療機器等安全性情報に名前や製品名が載るということは、医療機関や国民からの信頼性を著しく損ねることを意味するため、製品の完成度や品質には神経を使った。少なくとも中根さんが第一線で活躍していたときはそうだったという。

 「出荷後にトラブルを起こすことは絶対できない」と、設計段階に十分時間とコストをかけ、試作で念入りに検証を行ってから、初めて量産に入る。テストも設計者によるものだけで2カ月、その後、品質保証部門によっても製品の規模に応じて2〜4カ月間かけて徹底的に行われた。

フリー・アーキテクト 中根隆康氏 フリー・アーキテクト 中根隆康氏は、ネクスト・ディメンションの取締役社長でもある

 品質保証部門のテストは冷酷で、あえて途中で電源を切ったり、機器の動作を邪魔したりする。設計者にとっては心臓が止まりそうなテストだ。そしてまた、この部門の判断は絶対で、彼らが「ノー」といったら、たとえ経営トップが交渉しても製品が出荷されることはない。この部門から返ってくる「こういうテストをしたらこういう結果が出た。これはNGではないのか。改善のうえ、再提出のこと」といったレポートに戦々恐々としていたものだと中根さんは当時を振り返って笑う。

 しかし、そこはすべてのプロセスがそれぞれに揺るぎない責任感を持っている世界でもあった。少しでもあいまいな部分があったり、不具合が発生したときには、それが解決しない限り次のプロセスには絶対渡さない。自分たちが設定した品質以下のものを、世間には出さないという気概をプロジェクトにかかわる誰もが持っていたのだ。それは中根さんたちが医療機器という人間の命にかかわるクリティカルな装置の開発に携わっていたからだろうと私は思ったのだが、「それはそうとも限らない」と彼はいう。

要求仕様書がないプロジェクトの行く末

 これは最近の話なのだが、中根さんは友人の1人から「知り合いが取り組んでいる医療機器開発プロジェクトがうまくいっていないらしい、ちょっと様子を見てきてくれないか」と頼まれた。この種のコンサルティングは、中根さんの現在の本業である。早速訪れて、状況把握に乗り出した。

 まずは、“要求仕様書の確認”をしようとメーカーの担当者に提出を依頼すると、驚いたことに「そういうものはない」という答えが返ってきた。しかし、メーカーはその医療機器で重要な役割を果たす部品の製作を依頼している。「一体どうやって発注したというのか?」という中根さんの質問に、担当者がおずおずと差し出したのは何通かの電子メールを出力した紙の束だった。それを見ると、メーカーは、電子メールのメッセージとして、“これこれこういう機能のものを作れるか”といった問い合わせをしている。それに対して外注先は、“そこまでの機能を作り込むことはできない。ここまでだ”という回答を返している。それで1つのスレッドが終わっていた。次のメールでメーカーは別の部品についての問い合わせをしており、先の部品製作をどのようにするのかという結論を出していないのだ。

 調べてみると、そのように仕様のあいまいな部分が100個所以上も存在していたが、それでも医療機器の形をしたモノが出来上がるところまでプロジェクトは進んでいた。しかし、そのような作り方でうまく動くはずがない。先の部品でいえば、外注先は結局自分たちができると返事をした機能だけしか部品に盛り込んでいないのである。動作がおかしいからと、局所的に手を入れる。そうすると、いままで動いていた機能までがおかしくなった。中根さんが要求仕様書を一から書き起こすなどして体制を立て直し、1年半かけてなんとか試作機を完成させるところまでいったが、いまでもこのプロジェクトは問題を抱えているという。

 その原因はメーカーにあった。このメーカーは本来“ある分野”の企業で、医療機器を開発した経験がなかったのだ。つまり、メーカーとして“外注先を仕切る能力”が根本的に欠落していたのである。

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