3つの視点からコミュニケーション不足の原因を探る組み込み業界今昔モノがたり(5)(2/2 ページ)

» 2008年02月26日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]
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「オーバースペック」――“付加価値”を誤解して足し算ばかり

 中根さんは、昨今は要求仕様の取りまとめにも問題があると感じているという。

 「提案型ビジネス、提案型マーケティングといいますが、ユーザーの要求以上に提案をし過ぎているように思います。そのため、どうしてもオーバースペックになってしまい、かえって“いいものなのに売れない”という自己矛盾を引き起こしているのではないでしょうか?

 このことを裏付けるのに、中根さんはアップルのiPodが爆発的なヒットを記録した事実を挙げる。音楽を電子的に取り込み再生することに特化した小型プレーヤ。モノとしては至って単純な作りだ。しかし、アップルは製品の画期的な機能ではなく、“音楽を聴くスタイル”というものを提案し、エンドユーザーは「それはいい!」と圧倒的な支持を示したのである。

――「付加価値の高い製品を!」

 よく目標に掲げられる言葉である。しかし、中根さんは「機能を加えることが価値を加えることだと誤解されている」とため息をつく。「他社が搭載したからわが社も!」という横並び意識からも、機能が追加される傾向にある。結果的に、あれもこれもそれもと計画スペックはどんどん“てんこ盛り”にされて、ただでさえ時間のないプロジェクトが複雑性を増すことで、さらに余裕がなくなってしまう……。

 「組み込みソフトウェア開発はなぜうまくいかないのか」(日科技連)の著者、岩田宗之氏は次のようにいっている。

仕様の1つ1つは実現可能でも、あれもこれもと仕様を追加していくと、そのうちに扱える量を超えてしまいます。

(中略)

仕様は、できるだけ小さくしなくてはなりません。あれもこれもと機能を欲張るのではなく、少ない仕様で使い勝手のよい製品にするように考えなくてはなりません。実際、いろいろな機能がゴテゴテと付いている製品より、必要な機能だけに絞った単機能の製品の方が、いろいろ重宝されるものです。

※「組み込みソフトウェア開発はなぜうまくいかないのか」より抜粋

 「オーバースペックは、“人材の有効利用”を考え過ぎるために起こることもある」と中根さんは組み込み開発現場の事情を打ち明けてくれた。

 製品を開発するために人材を集める。いったん集めた人材には、それ以降ずっと仕事を割り振ることを続けなければならない。簡単に解散したり、遊ばせておくわけにはいかないからである。人に働いてもらうために、それが本当に必要かどうかを見極めることなく仕事が作り出される。しかし、それでは本末転倒だ。このあたりで、“進化とはただの足し算ではない”ということを再認識する必要がありそうだ。ときには思い切って機能をばっさり削る勇気を持つべきではないか?

「組織構造」――セクショナリズムが進み過ぎてタコつぼ化

 「コミュニケーションが物理的に不足しているもう1つの理由が、今日の組織のありように潜んでいる」というのが、中根さんの意見である。

フリー・アーキテクト 中根隆康氏

 一言でいうならば、セクショナリズムが進み過ぎているのだ。同じ1つの企業でありながら、権限の階層ごとに、部門ごとに、つまりは、横にも縦にも高い壁を立てて“身内”の中でだけ仕事をしているのである。責任を負う範囲は壁の中だけで、壁の外のことにはまったく関心がない。「最近の企業は分業が進み過ぎて、1つのチームとして機能しようという意識が希薄になっている」と中根さんは嘆く。

 本当に、最近のセクショナリズムの進行は甚だしいようだ。それを何とか解消しようと取り組んだある企業のエピソードの話を中根さんは披露してくれた。

 経営トップがある日、自社内の雰囲気が妙に寒々しいことに気が付いた。会話がない。話が伝わっていない。他部門の動向に関心がない。これはもしかしたら社員寮を撤廃したことに原因があるのではないかと経営トップは考えた。これを機に、新入社員は最低2年間全員寮に入ることを命じた。2年を過ぎたら出てもいいが、そのまま住み続けることもできる。これに加え、寮の交流会開催も奨励した。すると、社内全体の風通しが画期的によくなっただけでなく、部門横断的なプロジェクトも企画されるようになったという。

 また中根さんは「最近は経営トップをはじめ、人事異動の実施頻度が高く、経営方針や営業方針がそのたびにころころ変わることも問題だ」とも指摘する。

――“朝令暮改(ちょうれいぼかい)”

 かつては戒めの格言だったはずなのに、このごろは肯定の意味で使われたりもする。「昨日まで東を向いて走っていたのに、突然北だ、西だ、といわれても、組み込み開発の現場はそんなに簡単に路線変更はできません。責任を取るといいますが、結局は辞めて次の人に変わるだけ。コミュニケーションを深める暇もなく、現場はずっと振り回され続けるというわけです」(中根さん)



――いま一度、抜本的に考え直す機会を持ってもいいのでは?

 こうした傾向はすべて、企業が自らそうあらねばならないと思い込み、そのように動いていることから発生している。その意味では、自分で自分の首を絞めているのだ。考える暇もなく走り続け、ひたすら欲張り、効率だけを追い求め続けることには限界があるということを、一度どこかでじっくりと考える時間を持った方がいいのではないだろうか?

 次週は「技術伝承の重要性および日本にとっての組み込み業界」をテーマにお届けする。(次回に続く)


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