日本のエンジニアはNASAと同レベルの待遇?モノづくり最前線レポート(4)(2/3 ページ)

» 2008年06月27日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

古い価値観、誇り高きエンジニア、縦割り組織、さあどうやってIT化するのか

 NASAと聞いて、皆さんはどのような印象を持たれるだろうか。アポロ計画で初めて人類を月に送り、現在のスペースシャトル計画では多くの日本人宇宙飛行士が活躍している。科学者、エンジニアにとってNASAとは人類の英知の集合体、世界最高の技術水準を持ったエリート集団、そんな畏敬の念を持たれるのではないだろうか。

 NASAの現役システムエンジニア2名を招いて行われた「エンタープライズPLMへの移行」と題する講演では、冒頭に第28代アメリカ合衆国大統領、ウッドロウ・ウィルソンの言葉が披露された。

If you want to make enemies, try to change something.

(敵を作りたいなら、何かを変えようとしてみることだ)

 講演者のポール・コリア(Paul Collier)氏とクリスティ・ロビンス(Christie Robbins)氏はともにNASA ジョンソン宇宙センターに所属し、Design and Data Management System(DDMS)というPLM導入プロジェクトに参加している。その目的について、コリア氏は次のように語った。

NASA ジョンソン宇宙センター PLMプロジェクトマネージャのポール・コリア氏(左)、PLMソリューション・デプロイメントのクリスティ・ロビンス氏(右) NASA ジョンソン宇宙センター PLMプロジェクトマネージャのポール・コリア氏(左)、PLMソリューション・デプロイメントのクリスティ・ロビンス氏(右)

 「現状のままで、果たして私たちは世界的なレベルにいられるのか、と自問しました。ほかの産業界、NASAのほかの組織、あるいは政府のITシステムと比較して、われわれの業務プロセスやITシステム、意識などを比較したところ、われわれの現状にはまったく満足できないという結論に達したのです。具体的には、複数のシステムの乱立、手組みで作った時代遅れのシステム、部品化されていないアーキテクチャ、図面ベースの業務プロセスなどで、PLMの利点を生かし切れていなかったのです。そこで組織を超えて設計データを効率的に運用するため、WindchillとPDMLinkによるPLMシステムへの移行に着手したのです」

 講演タイトルにある「エンタープライズPLMへの移行」に立ちはだかったのは、縦割り組織の壁や改革に非協力的な現場のエンジニアだった。そこで先ほどの引用句が登場したわけである。多くの“抵抗勢力”に囲まれて挫折しそうになるプロジェクトを何とか成功まで導いた彼らのノウハウについて、以下でかいつまんで紹介しよう。

ステークホルダーに必ず参加してもらう システムを使う側のエンジニアに参加してもらい、理解と協力を願う。特に、上流の管理職を巻き込んで、組織や職種を超えた協力体制を築く。

何があってもコンセプトを守り通す 実装が進むにつれて、多くの要望や妥協により当初のコンセプトが骨抜きにされやすい。プロジェクトリーダーとシステムエンジニアは常に、コンセプトが守られているか確認しながら作業を進める。

システム変更に伴う本当のインパクトを理解する 少数派の声を聞き漏らしてはいないか、重要な業務に影響を与えないか、不満を持つグループはいないか、などシステムを利用する人たちの理解度やストレスを十分認識する。

正しい方向に進んでいるのだと関係者に確信させる スケジュールが切迫すると検証作業を短縮化しがちだが、それは重大な誤り。ステークホルダーやユーザーコミュニティに検証に参加してもらうことが、システム移行のリスクを低減させる重要な鍵である。

導入に当たっての計画を立てる 関係者全員にトレーニングを実施すること。各自のスキルに見合ったカリキュラムを作成し、ITツールに関する技術指導を行う。

失敗から学ぶこと 問題は必ず発生するもの。そこから学んだことを書類化し、レビューを行ったり、管理者と共有したりして、失敗を繰り返さないようにする。

 こうして見てくると、IT化への抵抗が根強いといわれる日本の製造現場の話を聞いているような印象を受けないだろうか。一般的に欧米企業ではトップダウンの経営が浸透し、IT化も全社的に「有無をいわさず」導入することで成功する事例が多いといわれている。しかし、NASAのような歴史と伝統のある組織では、日本と同じように現場のエンジニアの意見が強く、組織全体にかかわるような改革に強い抵抗を示すことが分かって非常に興味深かった。日本のエンジニアはNASAのエリート集団と同じくらい、その立場を尊重されているのかもしれない。

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