地球に優しい「ディーゼルエンジン」と電子制御知っておきたいカーエレクトロニクス基礎(6)(2/3 ページ)

» 2008年08月25日 00時00分 公開
[河合寿(元 デンソー) (株)ワールドテック,@IT MONOist]

ディーゼルエンジンの
燃料噴射システム(2)

コモンレール式燃料噴射システム

 最近、「コモンレール式燃料噴射システム(以下、コモンレール)」がディーゼルエンジンの切り札として登場しました。

 コモンレールは、ガソリンエンジンの「EFI(Electronic Fuel Injection:電子制御燃料噴射)」と同じように燃料を高圧にしておき、必要に応じてインジェクタで噴射する方法で、ずいぶん昔から考えられていました。しかし、140〜160MPa(最先端技術では200MPa)程度の高圧燃料を高速に噴射制御する技術が当時なかったため、すぐには登場しませんでした……。

 その後、著しい技術進歩によりコモンレールが誕生するわけですが、その名称は、各気筒に共通した燃料の入った1本のパイプ(=コモンレール)から名付けられました。コモンレールはディーゼルエンジンを象徴する特有の名称といえます。

 以下に、コモンレールとガソリンエンジンのEFIとの違いを2つ挙げます。

 1つ目は、前述のように燃料圧が非常に高いという点です。ガソリンエンジンでは普通0.3MPa程度、最近の直噴ガソリンエンジンでもせいぜい12MPa程度です。それがコモンレールとなると140〜200MPa程度の高圧力を実現します。高圧噴射により、空気との混合を良くして、完全燃焼させてPM(Particulate Matter:ススなどの粒子状物質)の排出量を少なくします。ディーゼルエンジンでは“噴射=即燃焼”です。噴射初期は燃料が燃えて酸素が消費され、噴射後期は酸素が不足して燃え切らずPMが発生しますが、コモンレールの場合、高圧で勢いよく燃料を噴霧するため、燃焼室の隅々まで混合気が行き渡り完全燃焼することが可能です。

 2つ目は、多段噴射です。ガソリンエンジンのEFIの場合、1工程での燃料噴射は1回ですが、コモンレールの場合、燃料噴射を4〜6回に分割して行います。通常、燃料を高圧にすればするほど効率は上がりますが、燃焼温度が高くなりNOx(窒素酸化物)が増えます。しかし、多段噴射方式を採用することでNOxとPMの同時低減と大幅な燃焼騒音を低減できます。

 以下に「電子制御コモンレール」を示します(図2)

図2 電子制御コモンレール

 ECUは燃料圧力センサによりコモンレールの燃料圧力をモニタして目標圧力になるように高圧サプライポンプを制御します。異常に上がった場合にはプレッシャーリミッターでフューエルタンクに戻します。そして、ECUは基本的にはアクセル開度とエンジン回転数により燃料の噴射時期と噴射量を決めて高圧噴射します。燃料の圧送と制御は独立していますので最適制御ができます。図3「高圧インジェクタ」を示します。

図3 高圧インジェクタ(動作原理)

 ソレノイド(注3)が通電「OFF」の場合には、燃料圧力によりコマンドピストンを押し下げようとする圧力とニードルバルブを押し上げようとする圧力は同じになり、受圧面積の差とスプリング力によりニードルバルブは閉弁しています。ソレノイドが「ON」になると、アウターバルブが吸引されて戻し口からコマンド室の燃料が流出しますので、コマンド室の圧力が低下してコマンドピストンが上昇、燃料が噴射されます。このように燃料圧力とソレノイドを巧みに使った構造にすることにより、ソレノイドの吸引力はそれほど大きくなくとも高圧力の燃料をON/OFF制御できるのです。

注3:ソレノイドとは、電気的エネルギーを機械的な直線運動に転換するアクチュエータのことをいう。

 最近、高圧インジェクタの駆動に電磁弁を使用しないでピエゾ素子(圧電素子)(注4)を使用してインジェクタを駆動するコモンレールが登場しました。最初はドイツのSiemens社やBosch社が生産を行っていましたが、その後アメリカのDelphi社も生産を開始しました。このピエゾインジェクタは、可動部分を軽量・小型化することで電磁弁インジェクタの約2倍の速さでON/OFFの切り替えを可能にし、より精密な制御を実現しました。

注4:ピエゾ素子(圧電素子)とは、ピエゾ(圧電)効果を利用した素子をいう。また、圧電効果とは素子に圧力・張力を加えることで端面に静電荷を生じ、さらに素子に電圧を印加することで素子が伸縮する現象をいう。圧電素子の中でPZT(チタン酸ジルコン酸塩)は、より高い圧電性を有するために広く利用されている。

ディーゼルエンジンの排気ガス後処理

 次に、重要なディーゼルエンジンの排気ガス後処理について述べます。

 ディーゼルエンジンは基本的にはリーン(希薄)燃焼のため、ガソリンエンジンよりもCO(一酸化炭素)やHC(炭化水素)の排出量は少ないといわれています。つまり、ディーゼルエンジンにおけるCOやHCの除去はガソリンエンジンで使用されている「酸化触媒」を利用すれば十分に対処できます。問題となるのはNOxとPMですが、ディーゼルエンジンの進歩によりいまでは対策可能なレベルにまで達しつつあります。図4「電子制御排気ガス後処理システム」を示します。

図4 電子制御排気ガス後処理システム

 酸化触媒はCOとHCを酸化してCO2と水にします。NOxはNOxトラップ触媒によりトラップ(捕集)されます。そして、ディーゼルエンジンの制御で排気温度が上げられ、触媒で還元されて無害化されます。ススが主成分のPMはハニカム(蜂の巣)構造のセラミックのフィルタ(DPF:Diesel Particulate Filter)で捕集されます。一定量捕集されるとエンジンの制御で排気温度が上げられてPMは焼却されます。これを「DPFの再生」といいます。図4の2つのO2センサは各デバイス(酸化触媒など)に必要な空燃比を、温度センサは各デバイスに必要な温度をモニタします。差圧センサはDPFの入り口と出口の差圧を測り、PMの捕集状況をモニタします。捕集が多いと差圧は大きくなります。ECUはこれらの信号から最適な燃焼になるようにエンジンを制御します。

 このような精確な制御はコモンレールでないとできません。前述の排気ガス温度を上げる1つの方法として多段噴射の中のポストインジェクション(注5)と呼ばれる有力な噴射もあります。また、NOxトラップ触媒の代わりに尿素SCR(Selective Catalytic Reduction:選択触媒還元)システムを用いてアンモニアの強い還元作用でN2とO2に分離する技術や、DPFの再生にエンジン制御でなくて直接電気ヒーターやバーナーで焼却する技術も発表されています。近い将来、電子制御された排気ガス後処理システムが確立されて、さらに地球に優しいディーゼルエンジンが世に出回る日が来ると思います。

注5:ポストインジェクションとは、コモンレールによる多段噴射の内で最後の噴射をいう。ポストインジェクションはメイン噴射に対して大きく遅角した時期に噴射され、排ガスの昇温や還元成分の供給により触媒を活性化させる。

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