「熱ってどういうもの?」の基本を押さえよう熱設計の本質(1)(2/2 ページ)

» 2012年09月24日 00時00分 公開
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熱とは何ぞや

 いまさらですが「熱とはなんですか?」と問われたとき、あなたはどのように答えますか?

 一般的には「熱とはエネルギーの移動形態である」というものです。ではエネルギーとは何か? と聞くと「エネルギーとは仕事をする能力のことである」となり、では仕事とは? と聞くと「ある物体に力を加え、その物体が動いたとき“加えた力×動いた距離”が仕事である」となります。そうすると熱は「“加えた力×動いた距離”の移動形態?」ということになりますが、これではなかなか分かりにくいかもしれません。

お肉とお水で学ぶ熱の移動

 熱設計を教えるときは、熱を理解してもらうために「熱と温度」の関係を説明しています。私は時々焼き肉の話をするのですが、大きな肉と小さな肉を同時に焼き網に載せた場合、どっちが先に焼けるかといえば、小さな方ですね? 欲張って大きな肉片を選んだ人は、結果的に待たされることになります。小さな肉片が焼き上がった時点で火を止めると、大きな肉片はレアな状態のままになってしまいそうです。

図1 熱と温度の関係

 このとき両方の肉片の中心温度は、恐らくレアの方がウェルダンより温度が低いでしょう。つまり、同じ熱を加えたのに大きい方は小さい方より温度が低いことになります。逆に焼き加減を同じにするには、大きい肉片にはより多くの熱量を加えなければなりません。

 焼き肉だと抽象的過ぎて分からない場合は、コップと水で考えるといいでしょう。肉の大きさの代わりにコップの底面積を使うと、同じ水量を小さな底面積のコップと大きな底面積のコップに入れたとき、水の高さはどうなるでしょうか?

 水量が同じなら小さい底面積のコップの方が水位は高くなりますね? この場合水量が、焼き肉に加えた熱量に相当します。では次に水位の違う状態で、両方のコップをパイプでつないだらどうなるでしょうか? 結果としては、同じ水位になるまで、小さいコップから大きいコップに水が流れるはずです。

 同じことを焼き肉でやろうとしても、現実にはその前に両方とも冷めてしまいますが、もし両方の焼き肉の表面を完全に断熱できたら、同じように小さい肉片から大きい肉片に熱が移動して、同じ温度になると思います。そんなことをしなくても、肉が冷めるという現象が、肉が周囲の空気や皿と同じ温度になるまで、空気や皿に熱が移動したとも考えることができます。

 コップの場合に戻って、水位とは何を表しているでしょうか?物理的にいえば位置エネルギーを表していることになります。川の水は山から下って海へと注ぎますが、これもコップの水移動と同じです。海の水はどうかというと、それ以上下がるところがないので、一定の水位を保っています(この場合、潮汐(ちょうせき)作用は無視しています)。つまり水は、ダムのような抵抗がなければ、位置エネルギーが最低の状態になるまで移動を続けることになります。

図2 熱の移動

 熱の場合も同様に温度が高いところから低いところへ流れます。ということは、温度は位置エネルギーみたいなものということになります。地球上で熱は最終的にどこに流れるかというと大気です。しかし、熱の場合は大気が最終ゴールではなく、大気の熱は宇宙へと流れていくことになります。水と熱が同じようなものだと考えれば、熱もエネルギーが最低の状態になるまで移動を続けることになります。

電気の世界におけるエネルギー

 さて、今度は水ではなく、電気と比較して見てみましょう。電気の世界で「流れる」といえば、電流をイメージすると思いますが、電流は電位が高いところから低いところに流れますので、同じように電位も位置エネルギーのようなものと考えられます。この「高いところから低いところへ流れる」の高低差のことをポテンシャルと呼びます。ポテンシャルは「潜在力」のことです。「あの人はポテンシャルが高い」というのは「あの人は仕事ができる」という意味ですが、熱や水や電気の世界でも同じ意味です。

 水の場合はポテンシャルがあると水そのものが流れますが、熱や電気の世界では具体的に何が流れるのでしょうか? 電気の場合は自由電子が電流と逆方向に流れることは分かると思いますが、熱の場合は何が流れるのでしょう?

 実は温度差で流れるものがエネルギーです。厳密には「仕事以外のエネルギー移動形態」を熱といいます。こう書くと「じゃ、エネルギーってなんなのよ?」と聞かれそうですね。

 詳細は量子力学や物性物理学に譲りますが、回転とか振動とか移動という運動エネルギーのイメージでエネルギーをとらえてもらうと分かりやすいと思います。

 電子はコマのような回転体と考え、外部からエネルギーを与えられると回転運動と直線運動でエネルギーを保存すると考えます。原子もエネルギーを得ると運動しますが、分子や結晶などのように原子が束縛された状態のときは動きたくても勝手に動けないため、回転と振動しかできないと考えます。

図3 自由電子による熱移動と格子振動による熱移動

 つまり、固体内のエネルギーの流れ(=熱の流れ)は、エネルギーを持った電子の流れと、原子による振動の伝搬というように考えることができます。電子が勝手に動けるのは金属だけですが、原子の振動伝搬は金属以外でも可能なので、非金属も熱が伝わるし、非金属より金属の方が、電子が動き回れる分だけエネルギー伝搬能力(=熱の伝搬能力)が高いともいえます。

 一方、流体では水や空気のように原子や電子が単独や分子の状態で動けるので、回転・直線運動・振動といった運動を保ったまま移動できます。流体がエネルギーを持った固体(=熱い物体)に接触すると、接触した瞬間にエネルギー授受ができるので、エネルギーポテンシャルが高くなります(=温度が上がる)。

 従って、周りの流体より運動範囲が広がるので結果的に比重が小さくなり、浮力ができて移動することになります(ちょっと古いですが、昔ゲームセンターにあったピンボールゲームで、ボールがバンパーに当たって跳ね返されるイメージです)。移動の最中にほかの原子や分子と接触や衝突をするので、徐々に周りの原子や分子とエネルギーを平均化していくことになります。

 もう1つ、電荷を持った電子・原子・分子が移動や振動するとどうなるでしょうか? その運動によって電磁波が発生することになります。原子レベルの振動なので発生する電磁波の波長は電波より短く、赤外線〜可視光線程度の波長となり、この電磁波を受けた固体や流体は、逆にエネルギーをもらうことになります。電磁波なので固体や流体がない真空でも伝搬できます。つまり熱は固体・流体・真空のどのような状態でも移動することができます。

 「熱はエネルギーの移動形態」というイメージをつかめましたか? ちなみに熱の移動形態のうち固体内の移動を「熱伝導」、固体から流体への移動を「熱伝達」、電磁波による移動を「放射(輻射)」といい、これらを総称して「伝熱三態」と呼んでいます。

 次回は熱が製品に与える影響について触れたいと思います。

Profile

藤田 哲也(ふじた てつや)

1981年 沖電気工業入社。車載向けの無線や携帯、屋外設置の無線伝送装置、官公庁向け無線など無線伝送装置の実装設計や、NTT向け基幹伝送装置、各種映像伝送装置などの有線伝送装置実装設計やその取りまとめと幅広く業務に携わる。

2002年 ジィーサスに入社。家電やオーディオなどのメーカーを中心に、熱設計やEMC、実装技術のコンサルティングに従事する一方で、それらの技術についての教育も行う。



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