外国人にカモられない国際交渉力を身に付ける!モノづくり最前線レポート(7)(2/3 ページ)

» 2008年12月22日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

国際交渉で勝つための「ルール」と「対処法」

 数多くの国際交渉で修羅場をくぐり抜けてきた内海氏が会得した「国際交渉の必勝法」は実に単純明快だ。そのルールは、

  • 個人プレー
  • 強い方が勝つ
  • 要求しなければ得られない
  • ふっかけるのが当たり前

であり、その対処法は、

  • 執拗に
  • 権限ある者を相手に
  • 欲張りになることを恥じない
  • 多数派工作

である。「たったこれだけのことだが、これを実行できている日本人は非常に少ない。ゴルフと同じで、理論は分かっていても、それを実行するのは非常に難しいのだ」と内海氏は語った。具体的な内海氏の体験に即して、それぞれを詳しく紹介していこう。

強い者が勝つ

 日本社会はよくムラ社会といわれるように、コミュニティを運命共同体と見なして重きを置く。その中で生活している限り、政府という公権力と、それを支える法律制度、裁判制度が機能しており、最終的に正しい人は勝つ。つまり社会正義が実現されている。

 一方、国際社会では、日本社会のように相互扶助の精神などはなく、自力救済が基本だ。国と国との関係に法律があるわけではない。「お互いにやり合って、勝った方が正しい。負けた方は泣くしかない。紛争が起きたら、戦争で解決する以外に道はない。つまり、公権力が存在しないのが国際社会だ」と内海氏はいう。

 もちろ国連をはじめとしたさまざまな国際機関やルールができて、まったく公権力が存在しないとはいえない。戦争しか国際紛争を解決する手段がないという状況は、少しずつ改善されつつある。とはいえ、基本的には勝った方が正義というのが国際社会の基本ルールなのだという。

 「皆さんが海外の企業と契約を結ぶ際には、裁判を行う国や地域を事前に決めておくことは多いだろうが、実質的には外国企業との間に起こった問題を法的に解決できると期待しない方がいい。そのときに交渉して、勝った方が正しいということ」。

仕事は個人プレーで動く

 国際社会では誰も助けてくれる人はいないので、頼れるのは自分だけという個人プレーが行動原理の基本となる。「ITUに赴任した当初、非常に困ったことは、組織内の電話帳が日本と全然違っていて、日本では社長を頂点として専務、部長など組織ごとに電話番号が明示されている。ところがITUの電話帳は個人名しか載っていないのだ。だから、経理部長に何か問い合わせたいと思っても、アルファベット順に名前が並んでいる電話帳ではまったく役に立たない。そこで組織別の電話帳を作らせたのだが、なかなか出来上がってこない」。

 ITUはれっきとした国連の組織なのだから仕事はもちろん組織で遂行しているのだが、組織はあっても組織に従って仕事をしていないらしいことがだんだん分かってきたのだという。仕事は組織ではなく個人単位で行われているので、ある業務に責務を負う人物が誰であるか、組織図を見ても分からない。

 「ところが1年も仕事をしていると、ある仕事に関して特定の個人がイメージできるようになる。そうすると、個人名を書いた電話帳の方がよっぽど便利だと思えてきた。国連の専門機関でさえそんな具合なのだ。仕事というのは、個人単位にジョブディスクリプション(職務内容記述書:雇用契約において、その人が果たすべき職責の範囲を定めたもの。欧米では厳格に決められている)があって、それだけをやればいいという社会だ」。

 やはり内海氏がITUに赴任した当初のこと、全職員に対してメールを送り、「私はここに来たばかりでまったく白紙の状態である。なので皆さんが感じている改善すべき事柄などがあったらぜひ知らせてくれ」といい送ったそうだ。いわば目安箱の電子メール版を意図したのだったが、まったく予想だにしない反応が返ってきたという。

 内海氏のメールを受けてすぐに返ってきた返信メールは数通のみ、その内容はすべて自分の人事上の処遇改善を訴えるものだった。内海氏が期待していた「ITUの業務をこう改革すべきだ」といった建設的な提案は皆無だったという。

 数年後、秘書から「実はあのメールは大問題だった」と知らされた。あの目安箱メールが送られてきたことで、職員組合が総会を開いたという。「内海は、内部告発(密告)を奨励している、けしからん」ということだった。

 「日本ではおそらく、新任の社長が全社員に何か提案があったらいってくれとメールを出したら、『今度の社長は、話の分かる人みたいだなぁ』といった反応になるだろう。そう思って私はあのメールを出したのだが、まったく予想できない受け取られ方をした。つまり、職員はまったく自分のことしか考えずに仕事をしている。自ら組織を改善しようという発想はまるでないのだ」。

権限ある者を相手にしなければすべて徒労に終わる

 組織ではなく個人プレーで仕事を動かすのが世界標準だが、内海氏の経験した範囲で2つだけ例外があったという。1つは、不思議と思われるかもしれないがアメリカだ。アメリカ政府では国務省の統制が非常に強くて、外交交渉はすべて国務省の指揮の下に行われる。仮にアメリカ代表団が数百人やって来ても、その中で意思統一が図られ、発言するのは誰と誰に限るなど、軍隊組織のような統率を持っている。

 もう1つの例外はEUだという。EUは最近、非常に発言力が強くなってヨーロッパ諸国はEUとして意思統一した発言しかしなくなった。いったんEUで決めたら、にっちもさっちもいかなくなる。柔軟な対応は失われ、EUで決めたこと以外は発言しない。だから、EUとして発言する国の代表者は、あらかじめ決められた書類を読むしかない。そしてほかのEUメンバー国がそれを監視しているという状況だという。

 このように世界でも組織的に仕事をする国も出てきつつあるのだが、まだまだ例外的なのだ。「そうなると、権限のある人物と交渉しなければ意味はない。日本では権限のない人と交渉しても、話の内容は全部権限のある人まで伝わる。だから国際交渉に臨んでも、ある組織に属している人はその組織の代表者として話を聞いてくれると思い込んでいる。しかし国際交渉の場では、権限のない人と交渉しても全然ダメである。ところが日本人はこんな事情は知らないので、権限のある人が誰かも知らずに一生懸命話をして、それで交渉したつもりになっている。それでは、いくら相手が話を聞いてくれていても、全然交渉にはなっていない」。

 それでは、このような過酷な国際交渉の場で、どうやったら勝ち組になれるのだろうか。

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