微細切削加工による世にも奇妙なアートたち微細加工の現場(1)(1/3 ページ)

設計者が通常、直接見る機会を得づらいだろう加工の現場を取材していく。自分の設計した部品が、いったいどのような方法で具現化されているのか、実感するためのヒント提供はもちろん、モノづくりの純粋な楽しさも伝えられれば幸いだ。(編集部)

» 2009年12月18日 11時00分 公開
[小林由美,@IT MONOist]

 本シリーズでは、さまざまな加工法の中でも、経験の蓄積や最先端の加工技術を駆使してこそ成せる微細加工にテーマを絞り紹介していく。第1回で紹介するキャムブレーンは、5軸加工を利用した精密加工・微細加工を得意とする東京 江戸川区のメーカーだ。5軸加工を取り入れた時期も、他社に比べ、かなり早い方だという。とにかく同社内に設置する工作機械の数は、おびただしい。いったい、総額いくらになってしまうのか分からないが……このおかげもあり、同社が製作できない形状はほとんどないとのこと。

 また現状の同社の加工技術者は若手が中心となっており、その多くが20代だという。ユニフォームも、昔ながらの作業着ではなくて、さまざまなカラーやデザインから選べるトレーナー。数は少ないが、女性の技術者も現場で活躍している。加工業は昔から典型的“3K”な職場といわれ、さらに最近では、製造業における若手の理系離れや、現場の高齢化が叫ばれる。このような状況下、同社の取り組みは光となるのではないだろうか。

 今回は、同社の若手技術者の製作したユニークな微細加工アート「幻影の富士」と「親指」を紹介しながら、微細切削加工技術をのぞいていく。

ALTALT キャムブレーンの微細加工アート

工具を触ったことがなかったが、やったぞ!

ALT キャムブレーン代表取締役 太田実氏:別会社のジェイブレイン 代表取締役、三重大学大学院工学研究科の非常勤講師も務める

 キャムブレーンは社内の新人教育の取り組みの一貫として、大手工作機械メーカーの森精機製作所が主催する「切削加工 ドリームコンテスト」(以下、ドリームコンテスト)に参加している。機械加工の世界は、通常、あまり日が当たらない。部品そのものも、機械の奥の奥にひっそりと隠れたものも多い。奥ゆかしい世界なので、同コンテストの存在は加工業に携わる技術者にとって、大きなモチベーションアップになっているのではないだろうか。

 とくに同コンテストは、若い技術者のやる気喚起にはもってこいだと同社は考えているとのこと。また熟練技術者では思い込みゆえに発想できないような、若手ならではのユニークなアイデア創出、技術の発見も狙いとしていると同社 代表取締役 太田 実氏は話した。

 同コンテストは2009年度で6回目と歴史は浅い。それにもかかわらず、応募作品の技術レベルは年々、急ピッチで上がってきているという。参加する方のプレッシャーは、非常に大きいものだろう。

 同社の技術者 野口 裕介氏は、昨年の2008年度、2009年度と出場している。しかも、野口氏の学生時代の専門は、情報処理(ソフトウェア)。2008年に新卒入社するまで、工具類に手を触れることはほとんどなかったという。そんな彼が取り組んだ作品が2年連続で受賞するという快挙。

 2009年に工業大学の大学院を卒業したばかりの技術者 棯(うつぎ) 貴裕氏は、その年のコンテストに野口氏とともに参加した。ちなみに同氏は、学生フォーミュラ活動のOBでもある(活動当時はカウルを担当)。加工業では、専門学校や高校を卒業したばかりの若い人材を採用することが非常に多いが、キャムブレーンでは棯氏のような大学院卒も積極的に採用しているそう。

 コンテスト用の作品制作は、通常業務の合間で行う。多忙な中での時間のやりくりの経験も、以後の業務に生きてくるに違いない。

ALT 左から、同社 棯貴裕氏、野口裕介氏:微細アート加工に使用した加工機の前で

美しくて不思議な富士山アート

 2008年度のドリームコンテストの金型・造形加工部門で「アイディア賞」を受賞した同社製作の「幻影の富士」は、見る角度によって絵の様子が異なるというユニークな作品(A5052製)。葛飾北斎の「富嶽三十六景」の絵が基になっている。富嶽三十六景の絵をスキャンし、そのデータをラインデータに変換し、さらにそれをCAMのデータへ変換し切削加工へ利用した。

ALT 「幻影の富士」正面:画像クリックで拡大します
ALT 「幻影の富士」ななめ上から:画像クリックで拡大します

 この作品は、微細な突き加工を丹念に繰り返したもの。正面から覗くと見えないが、上方向から見ると富士山が浮き上がる。製作のための日程はトータルで2カ月ほど取っているが、作品作りに集中できたのはコンテスト直前の2週間ぐらいだという。

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