知財戦略を実践すれば事業はうまくいくの!? 知財戦略と経営戦略・事業戦略自社事業を強化する! 知財マネジメントの基礎知識(2)(3/4 ページ)

» 2010年02月18日 00時00分 公開
[野崎篤志/ランドンIP,@IT MONOist]

知的財産戦略の実践はなぜ難しい?

 知的財産戦略は非常に重要であるのにもかかわらず、なかなか実践が難しいのが現状です。この難しさは何に起因しているのでしょうか? 私は以下の3点に集約できるのではないかと考えます。

  • 知的財産戦略の成功を定義することが難しい
  • 知的財産権とおカネのリンクが見えにくい
  • ほかのオペレーション戦略と密接に関連している

 1点目の「知的財産戦略の成功を定義することが難しい」は極めて深刻な問題です。前述のとおり、知的財産戦略は経営戦略・事業戦略をサポートするための戦略なので、広義にいえば事業がうまくいくこと(利益が出ることなど)が成功の定義になります。これは知的財産戦略に限った話ではなく、ほかのオペレーション戦略(人事戦略・財務戦略・マーケティング戦略など)にも同様のことがいえます。しかし、知的財産戦略固有の成功を定義しようとすると非常に難しいと思います。

 特許・意匠・商標出願件数などで計るのも1つの方法ですが、出願件数が多ければ事業で勝てるというのであれば誰でもそうします。出願件数は1つの指標にはなりますが、知財戦略の成功の定義にはなりません。また、特許訴訟で勝つ! 今年は最低3社を特許侵害で訴える! などといった指標はピントがずれた成功の定義であることはご理解いただけると思います。

 企業によって知財戦略の成功の定義はそれぞれあると思いますが、どのように知的財産戦略の貢献を計測するかはあらかじめ明確にしておくといいでしょう。

 2点目の「知的財産権とおカネのリンクが見えにくい」について、よく「この特許は○○億円の価値があります」という表現がありますが、このように言い切ることは実際にはなかなかできません。特許そのものには価値はありません。あくまでも特許や意匠・商標などの知的財産権を活用して事業が成功するからこそ、知的財産権の価値が出るわけです。

特許の価値

 この特許は3億円の価値がある、という関係が成立する場合もあります。それは特許とその特許を利用した事業規模・市場規模がほぼ1対1対応する場合です。典型的な例は医薬品です。逆にエレクトロニクスの分野では、1つの製品に数百・数千もの特許が含まれていますので、特許1件の価値を計るのは極めて困難です。


 1点目の成功の定義とも関連するのですが、経営層はおカネで議論することが好きですから、知的財産戦略の成功をおカネで計っている企業もあります(例えば年間のライセンス料を○○億円稼ぐ、など)。しかし、上述のとおり知的財産権とおカネのリンクが見えにくいため、このリンクをどのように計測するかについて、あらかじめ社内で統一見解を設けておく必要があります。

 3点目の「ほかのオペレーション戦略と密接に関連している」ですが、知的財産のカバーする領域は非常に広いため、ほかのオペレーション戦略に対する理解や連携が不可欠です。

 知的財産の1つである特許権は発明が対象になるので、研究開発戦略・技術戦略とのリンクが必要不可欠です。さらに発明を生み出した研究者・技術者に対する報奨制度になると人事戦略と関係します。また企業にとって重要なブランドはマーケティング戦略とのクロスオーバー領域です。

 知的財産戦略の執行責任者(知的財産部門長/CIPO:Chief Intellectual Property Officer)がほかのオペレーション戦略について理解するだけでなく、ほかのオペレーション戦略の執行責任者の知的財産に対する理解が重要です。さらにさまざまな戦略領域に絡んでいるため、経営トップの知的財産に対する意識が非常に重要となります。

三位一体の経営

 3点目の「ほかのオペレーション戦略と密接に関連している」に関連して以下のような三位一体の経営という考え方が知られています。

 2002年2月の小泉元首相の施政方針演説で日本は知財立国へ向けて大きく動き出しました。その年に発足した知的財産戦略会議で提唱された考え方、それが“経営戦略における三位一体”でした。つまり以下の図に示すように事業戦略―研究開発戦略―知財戦略の3つの戦略が相互に連携しながら、企業の持続的な競争優位性を構築・維持するというものです。

三位一体の経営 三位一体の経営
(出典:特許行政年次報告書 2004年版




知的財産戦略を実践している企業は?

 それでは知財戦略を実践している企業(表1でいう“知財経営企業”)は、どのような企業があるのでしょうか?

 日本で最も有名な知財経営企業はキヤノンでしょう。テレビ番組「プロジェクトX 挑戦者たち」でも取り上げられたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。当時、米国ゼロックスが強力な特許網によりコピー機市場を独占していました。キヤノンはゼロックスの特許網を突破してコピー機市場への参入に成功しました。キヤノンの事例は非常に勉強になりますので、これから知的財産戦略について導入・実践を検討されている方は、以下のようなDVDや書籍で学ぶといいでしょう。

 海外企業ではライセンス収入だけで毎年千数百億円稼いでいるIBMや、保有資産の棚卸しにより知財維持コスト低減とライセンス収入増加を成し遂げたダウ・ケミカルなどが有名です。

 知財経営を実践している企業は大企業に限りません。特許庁が公表している「知財で元気な企業」などを見ると、特許や意匠・商標などを活用して知財経営を実践している中小企業も数多くあることが分かります。


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