コラム
» 2010年02月25日 00時00分 UPDATE

サプライチェーン管理の新潮流:SCMの課題はシンプル思考で解決せよ (1/2)

従来型サプライチェーンマネジメントがいまひとつ効果を体感できなかった理由はどこにあるか。コンサルタントの視点から、その課題と打開策を聞く。

[吉村哲樹,@IT MONOist]

日本の製造業を襲うパラダイムシフトの波

 日本の製造業の危機が叫ばれるようになって久しい。

 グローバルレベルでのビジネスの競争は激しさを増しつつある一方、一昨年の「100年に一度」の大不況によって、日本に限らず各国の製造業界は大きく業績を落とした。

 しかしながら、その後の状況を振り返ると、在庫調整や事業計画の見直しなどの場面でのオペレーションミスも重なり、日本企業だけが不況からの回復にまごついた印象を受ける。日本の製造業の強みとされた現場の判断力を重視したオペレーションが機能しなかったのではないか。

 一体、日本の製造業を取り巻く環境の変化の本質はどこにあるのだろうか? そして、海外メーカーとの競争に打ち勝つために、日本企業が取り組まなければいけない課題は何なのだろうか? 国内大手メーカーのグローバルサプライチェーンにおける業務改革プロジェクトに従事するデロイト トーマツ コンサルティング パートナー 渋谷 憲彦氏は、次のように語る。

photo 今回インタビューに応じていただいたデロイト トーマツ コンサルティング パートナー 渋谷 憲彦氏

 「まず、大きなパラダイムシフトが起きつつあることを認識しなくてはいけない。テレビのサプライチェーンの例でいうと、かつてのブラウン管の時代は各メーカーが自社内に高い技術力を持ち、社内で製品の製造工程の多くを行っていた。いわば、垂直統合型のモデルだ。この技術力により、諸外国のメーカーとの競争に打ち勝ってきた。しかし、現在のテレビの主流である液晶テレビのキーデバイスである液晶パネル部品は、必ずしも自社の技術は必要なく、簡単に調達して組み立てることができるようになった。液晶パネルを生産する企業とテレビの組み立てを行う企業とが、グローバルレベルの分業を行う水平分業型も多勢になりつつある。一方で、液晶パネルを自社で製造している垂直統合型の企業も、ブランドイメージは液晶テレビメーカーであっても実際は大半の液晶パネルをデバイスとしてほかのTVメーカーに供給し、もはや収益のメインにしているといえる。また韓国系の企業ではそれを強みとした価格競争を仕掛けている。これらの企業はサプライチェーン力と営業力を基盤としたマネージメント力で勝負をしている。そういった企業と同じ市場で戦っていくのに、かつての技術力と品質で戦っていたブラウン管の時代と同じ発想では厳しいといわざるを得ない」

 では、このようなパラダイムシフトに対応していくためには、どのような施策が必要なのだろうか? ITツールを積極的に取り入れればいいのだろうか? あるいは、真っ先にコスト削減に取り組むべきなのだろうか? 渋谷氏は、まずはマネジメントの改革に取り組むべきだと強調する。

 「パラダイムの変化に追従していくために、営業戦略・サプライチェーンなど自社で何を変えなければいけないか。このことをミッションにしてマネジメントする人材が社内にいなければいけないが、日本企業にはいない。あるいは、たとえ存在するとしても、機能していない。これが海外の先進企業と日本企業との差だ。海外先進企業が特別に優れたビジネスプロセスを持っているとは思わないが、リーダーの号令に社内プロセスがすぐ呼応するような、リーダーシップのきいたスピーディな意思決定とその実行が実現できている。最近勢いのある韓国の大手企業も恐らく同様に強いリーダーシップのもと、市場の変化に素早く反応し、確度の高い予測のもとでオペレーションが実行されている」(渋谷氏)

 では、具体的にどのようなマネジメントが要求されるのだろうか? 日本の製造業はこれまで、現場の優秀な人材の創意工夫と高いモチベーションに支えられて発展してきた。しかし、現場の力が強いということは、裏を返すと経営層のリーダーシップが発揮しにくい状況だともいえる。海外メーカーがマネジメントの強さを武器に市場をリードしつつある中、日本メーカーに求められるマネジメントとは一体どのようなものなのだろうか?

 渋谷氏は、「ここで物事を複雑に考えてはいけない」と説く。

 「極めてシンプルな話。事業は『売ってなんぼ』の世界で、それを担うのは営業だ。企業が収益を出すのは、営業以外のところにはない。従って本来は、売れるものを作る、作ったら売り切る、売り切るために追い込みをかける、というシンプルなマネジメントが必要だ。ところが、ある人は調達こそ大事だという、別の人は生産だという、また別の人は技術だという。いくらコストを下げてももうかる商品を販売できなければ無意味であり、すべての根本は営業にあるということをいま一度、トップマネジメントから現場の社員に至るまで認識し直すべきである」(渋谷氏)

 渋谷氏は、サプライチェーンマネジメントにおいても「営業が主人公であるべき」だという。考えてみれば、世界中の製造企業がこぞって導入したSCMの仕組みも、主に調達部門や生産部門のためのものであって、営業活動に直結するツールになりきらない場合が非常に多く、営業からの信頼が非常に低かった。

 例えば、SCMで管理するデータは在庫の個数や品目で表される一方、事業の収益を管理する営業データや、事業計画、予算などは金額で表される。双方のデータをリンクさせる仕組みが、多くの日本企業では機能していないのだ。従って、極端にいえば、在庫が大幅に圧縮できてSCM担当者が大喜びしているにもかかわらず、売り上げは一向に伸びず、企業収益は悪化するばかりといった事態も起こり得る。

 このような、「サプライチェーン管理とビジネスとの乖離(かいり)」を解決するための方法論として、昨今注目を集めつつあるのがS&OP(Sales & Operations Planning)だ。

営業視点のサプライチェーン管理手法「S&OP」

 S&OPは、1980年代後半にアメリカで提唱された方法論で、需要計画、生産計画、供給計画などといった現場のサプライチェーン情報と、経営や財務などの中長期的な事業計画の情報を同期させ、より正確な需給予測とそれを基にした実行計画を実現するためのマネジメントの仕組みとプロセスを定義したものだ。

 現場の各部門の担当者と経営層、財務担当者で定期的にレビューの場を設け、現場の計画や実績情報が事業計画と整合性が取れているのか、綿密にチェックを行う。S&OPの詳細については、「世界のバリューチェーンから日本がはじかれる!? S&OPに対応すべきこれだけの理由」を参照されたい。

 日本ではこれまであまり知られていなかったS&OPだが、前述したように日本の製造業を取り巻く環境が厳しさを増すにつれ、サプライチェーンに携わる人々の間で徐々に注目を集めつつある。では、SCMとS&OPの違いはどこにあるのだろうか? 渋谷氏は、「基本的には同じもの」だという。

 「SCMはよく“計画系”の仕組みだといわれるが、本来は計画系にとどまるものではなく、仕入れて、付加価値を付けて、売るというサプライチェーン全体のマネジメントの総称だと思っている。従って、クライアントの業務改革やそのプロセスの実装という仕事に従事している私の立場から見れば、SCMもS&OPも目的は一緒だ」(渋谷氏)

 ただし、と同氏は続ける。

「通常のSCMの流れでは、プロセスの起点として営業からの需要情報を基にしている。しかし営業の立場からするとSCMを動かすために、自らの業務では関係の薄い遠い未来を予測し、SCMに渡している。一方で営業は自分が出した需要予測とは無関係に直近の時間軸で売りやすい商品を売りたがる。このギャップは忘れたころにやってくる。当然の結果として、営業が欲しい情報も、欲しい結果も十分に得られることはなく、営業にとってSCMは常にフラストレーションのたまる、信頼できないイマイチな仕組みということになってしまう」(渋谷氏)

 前項でも述べたように、事業収益の源である営業にとって役に立たないマネジメントの仕組みでは、供給側にとっていくら便利であっても、SCMでどんなにリードタイムを縮めて在庫を削減できたとしても、結局売れなければ企業の業績には直結しない。このことがまさに、昨今サプライチェーンの分野でS&OPが高い注目を集めているゆえんである。

 「営業の視点でのサプライチェーンマネジメントは、営業を主人公とし、従来の供給視点のマネジメントに加え、立てた長期の需要予測(売る計画)を実現すべく営業サイドでさまざまな戦略を実行し、計画の追い込みをかけ、収益の最大化のためにサプライチェーン上の機能を駆使する取り組みである。この仕組みがS&OPであると私は考えている」(渋谷氏)

 では、このようなS&OPの仕組みを構築する際には、どのような点がポイントになるのだろうか? 渋谷氏はキーワードの1つとして「スピード」を挙げる。

 デロイト トーマツ コンサルティングでは、サプライチェーンの業務改革プロジェクトを運営するうえで、独自のメソドロジーを適用している。通常のプロジェクトでは、業務のAsIs分析、ToBe分析とその結果のドキュメント化に半年ほどかかるが、同社のメソドロジーではこのプロセスを大幅に簡素化し、2カ月程度で済ませてしまう。そして、簡易ツールを使ったトライアル運用を現場でいち早く実施するのだという。

 「現場を変える改革を行うためには、短期間で実感できる効果を出す必要がある。机上の議論を最小限にし、実務ベースで簡易なツールで情報を示して見せ(トライアルの実施)、『本来であれば、こういう情報が見えるはずなんですよ』ということをいち早くクライアントに提示する。このアプローチには2つの利点がある。1つは、改革の目的や企業の実力に合わせメリットを(クイックヒット)を担当者に実感させる効果があること。もう1つは、机上で考えた課題ではなく、実務上の本当の課題が可視化できることだ」(渋谷氏)

 また、業務を分析してシステムに落とし込んでいく過程でも、前項で述べたようにあくまでもシンプルに考えることが重要だという。

 「シンプルに考えるとはいっても、クライアントの業務は実際には複雑だ。しかし、われわれまで一緒になって複雑に考えて、複雑なものを追求した仕組みを入れてしまうと、結局は使えないものになってしまう。町工場の例で考えてみればいい。町工場では、社長1人の頭の中に調達、製造、販売のすべてが入っていて、営業の戦略・計画の実現性もおのずと導き出せる。グローバルビジネスに発展していったとしても、町工場だったときのシンプルさを実現できればよい、というのが基本的な考え方だ。実際には何万人もの従業員がいて、さまざまなビジネスが、世界中で展開していたとしても、町工場の社長のオペレーションを再現する。そのための仕組みやプロセスを導入するつもりになれば、もっとシンプルに考えられるはずだと思う」(渋谷氏)

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