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» 2010年04月14日 00時00分 UPDATE

情報システムから見た海外生産シフト(2):システムが動かないのは彼の年収を3倍にするため?

国外拠点は単なる生産工場や販売拠点ではなくなりつつあるいま、グローバル市場を考える日本企業が考慮すべき実務上の課題とは何か。アジア地域での製造業を見続けてきた経験から、日本企業がこれから進むべき道を考える。

[栗田 巧/DATA COLLECTION SYSTEMS,@IT MONOist]

 「動かないシステム」の代名詞のようにいわれる生産管理システムですが、その原因は国内外で大きく異なります。当コラムのキーワードは「海外生産シフト」なので、国内での原因は置いておき、海外製造拠点で導入された生産管理システムが動かない原因について、具体例を交えながら考察していきます。

国外製造拠点の立て方は日本と欧米でここまで違う

 まずは、前段として、日本企業の海外製造拠点におけるシステム展開についてお話ししましょう。事業規模によって異なりますが、日本企業の場合、まず管理系システムの導入から始まるのが一般的です。具体的には、会計システム、人事関連システム(出退勤管理、給与計算、人事ファイル)などです。

 管理系システムは導入される一方で、製造現場周辺のシステムは導入されず、部品表、生産計画はExcelのマニュアル管理(ここでいう「マニュアル」は手引書ではなく、手作業のこと)からスタートします。日系の海外製造拠点にとって、設立初期の最重要課題は、システム導入ではなく、「モノづくり」ということなのかもしれません。

 ちなみに、欧米企業の場合、様相は大きく異なります。

 欧米企業の場合の一般的な傾向として、製造品目数と生産能力から、月間の受注数量、部材発注数量、生産数量、出荷数量などをシミュレートし、その結果に基づいて必要とされる業務システムを導入します。

 つまり、工場立ち上げ時点で、業務に必要なシステムはすべて導入されていることとなります。もう1つの大きな特徴としては、システムに関連するすべての仕様が標準化されていることです。サーバ、PCのブランド&スペックに始まり、社内ネットワーク用ハブ、ケーブルに至るまですべての項目に標準仕様が定められています。世界中の工場で、同じ仕組みを立ち上げ、全社的な合理化を図る考え方です。

なぜ? 意外なその理由

 では、話を日本企業に戻します。日本企業の海外製造拠点の場合、よほど事業規模が大きくない限り、設立から数年が経過した時点で、やっと生産管理システムの導入検討が始まります。

 生産品目の増加、もしくは生産量の増加に伴い、それまでのExcelでの業務運用に限界が近づいてくるのが契機となっています。ただし、その時点では何らかの業務プロセスが出来上がっており、システム導入に際しては、新たな業務運用設計が重要となります。

 マニュアル管理の場合は、融通を利かせたり、例外措置を容易に設けることが可能ですから、システム導入や運用の際には、新しい業務プロセスでどこまで柔軟性を持たせるかが問題となりがちです。

 欧米企業のように真っ白なキャンパスに絵を描くのではなく、すでに何らかの下絵が描かれているうえに、新たな絵を描こうとするのが日本企業のシステム導入手法といえるかもしれません。

 さて、ここまで読むと、読者の皆さんにもどちらのハードルが高いかは明白ではないでしょうか。

 実は「動かないシステム」の要因はこれだけではありません。以下のような事情も影響しているのです。中には海外拠点ならではの事例もあります。

ケース1:フィットギャップ分析がギャップ擦り合わせ対応に

 生産管理システム導入前には、フィットギャップ分析を行うのが通例です。

 ですから、本来であればフィットギャップ分析の結果を基に、パッケージの評価や選択がなされるべきなのですが、実際には、日本の本社が主導して特定のパッケージ導入を前提に、フィットギャップ分析が行われ、後はギャップ部分をどうするかの議論になっていることが往々にしてあります。

 連結決算ツールとしての意味合いが強い会計システムや拠点ごとの差異が少ない人事関連システムであれば、こうした手法でのシステム導入&運用でも構わないのでしょう。しかし、拠点単位で異なる品目と工程を管理する生産管理システムの場合、埋め切れなかったギャップが導入後に顕在化し、システム運用の障害になっているケースがあります。

ケース2:誰がその費用を負担するのか?

 日本の本社主導で、パッケージ導入が何とか終わり本格稼働が始まりました。

 しかし、製造業の常として、新しいモデルの海外移管、新しい工場・ラインの建設、新規顧客との取引条件といった外的要因から、現地製造拠点が主導する改善運動として、設計変更、仕様変更、工程変更などの内的要因により、生産管理システムに対し、大小さまざまな変更や追加開発が発生します。

 ここで問題となるのは「誰がその費用を負担するのか」です。もちろん海外製造拠点が負担することになるのですが、特に高額なパッケージを導入し、かつ、日本の本社でシステム変更や追加開発を行う場合、その費用は海外製造拠点にとって大きな負担となります。

 年度予算に合致しなければ、変更や追加開発は見送られます。その結果は明白です。システムと実際の業務に差異が生じ、システムを運用しない「オフライン作業」が発生したり、あるいはExcelによるマニュアル管理が復活してしまうことになります。

ケース3:現地主導でパッケージ評価をしたのに担当が消えた!

 日本の本社主導ではなく、海外製造拠点が主導してパッケージの評価や選択を行うケースもあります。

 ここではマレーシアにある日系機械メーカーのケースを紹介しましょう。

 この会社では、日本国内および海外営業拠点にはA社のERPパッケージが導入しています。国内製造はすでに廃止され、海外工場が唯一の製造拠点です。現地法人社長をはじめ、多くの日本人が駐在していましたが、情報システム責任者は現地社員でした。パッケージの評価や選択作業はこの現地社員が中心となって始まりました。

 大方の予想は、もちろんA社のERPパッケージの横展開だったのですが、この現地社員の出した結論は、競合するB社のERPパッケージ導入です。

 その理由は簡単です。

 A社よりマーケットシェアの高いB社のERPパッケージの導入経験は、彼のキャリアにとって大きなプラスとなるからです。

 システムが稼働した1年半後、彼はこの会社を退職し、米系ITコンサルタント会社に就職しました。年収は3倍になったそうです。これは極端な例ですが、アジア地域全般の傾向として、パッケージ導入を経験したユーザー(現地社員)の離職率はかなり高いはずです。せっかく稼働したシステムも、経験値の高いスタッフの退職をきっかけに、運用に支障を来すケースです。

ケース4:入力しないから運用効果が出ない!

 せっかく、費用・時間・リソースを費やし、生産管理システムを導入したけれど、運用効果が出ない。もっとひどい例だと、生産管理システム上の数字に信ぴょう性がないというケースも聞きます。

 その原因はさまざまですが、システムに入力されるデータ精度が低い、もしくはデータ入力のタイミングが遅いというのが一般的な現象でしょう。部材在庫のデータ精度が低いため、余剰在庫が減らない。工程実績がすぐに反映されないため、生産計画の運用精度が上がらないといった問題です。

 筆者がいままでで最も印象に残っているのは、インドネシアで操業している日系繊維メーカーです。A社のERPパッケージが導入され、現地の日系コンサルタント会社が常駐で運用支援をしているのですが、この会社では、在庫情報、半完成品&完成品の実績情報は週に一度しか更新していませんでした。理由は、人手が足りないのと、入力するデータ精度を保つためらしいのですが、何億円も掛けて導入したERPが、いつも先週のデータしか表示されないことになっていました。

 週1のデータ更新は極端な例かもしれませんが、現場データとの連携不足は国内外共通の課題かもしれません。精度の高い現場データをリアルタイムに収集することは、生産管理システム運用上、重要なポイントです。

まとめ:「動かない」を「動く」ように仕向ける方法もある

 本社のシステム部門が主導権を持つ場合、その背景にはいくつかの要因があります。1つは連結会計を前提としており、そのシステム全体について日本の本社が統括しているケースです。

 また、生産システム以前に、日本企業に務める日本人と異なり、労働者の流動性が高い地域では、責任あるプロジェクトを任せ、ローンチした瞬間にスタッフがさらなるステップアップを目指して離脱してしまうことがあります。むろん、同様の事象は日本人スタッフでもあり得ることですが、労働者の流動性が高い地域ではいっそう注意が必要となります。

 さらに、本来フラットであるべき製品評価の段階で、判断する人物が評価結果のデータ以外の要因で意思を決定してしまうケースもあります。管理者は、こうした事態がないよう、評価内容や結論などをしっかり確認する必要があります。

 決して少なくない金額の買い物ですから、当然さまざまな事情が交錯します。しかし、導入後に「動かない」場合の損害はそれ以上に大きなものです。成功すれば業務の効率化が望める一方、正しくない筋道で導入してしまった場合には巨大なリスクを抱えることになります。

 最後に紹介したケース4では、上述の課題を克服して導入したにもかかわらず、運用面での問題から「動かない」ケースです。こうしたケースの場合には、動くように仕向ける方法があります。

◇ ◇ ◇

 次回は、「動かない」を「動く」ようにするための仕組みについてお話しするつもりです。


筆者紹介

(株)DATA COLLECTION SYSTEMS
代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)


1995年:マレーシア・クアラルンプールにてData Collection Systems Sdn Bhd創業

1998年:i2 Technologies社(米)のAlliance Partnerとなる

2000年:Magnus Management Consultant社(蘭)と合弁会社設立

2004年:日本・東京に(株)DATA COLLECTION SYSTEMS創立

タイ・バンコクにData Collection Systems (Thailand) Co., Ltd.設立

在庫&工程管理パッケージソフトInventoryMaster発表

2006年:中国・天津にData Collection Systems(China)Co., Ltd.設立

2007年:国内ベンチャーキャピタル2社から株式投資を受ける

2008年:日本法人(株)DATA COLLECTION SYSTEMSが持ち株兼事業会社となる

2009年:生産管理パッケージソフトProductionMaster発表 2010年:グループ設立15週年



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