USB 3.0の物理層――スーパースピード伝送の工夫USB 3.0、スーパースピードを支える技術(2)(2/2 ページ)

» 2010年05月21日 12時00分 公開
[レクロイ・ジャパン 辻 嘉樹,@IT MONOist]
前のページへ 1|2       

イコライザ

 そこで、USB 3.0スーパースピードで採用されたのがイコライザという手法です。図7にUSB 3.0規格で示されたリファレンス・イコライザの特性を示しました。

 この特性を見ると、3GHz付近にピークがあり、高周波ブースト特性を持つローパスフィルタと見ることができます。目的はデエンファシスと同様に伝送路で減衰した高周波成分を補強することです。デエンファシスと異なるのは、この操作が送信器ではなく受信器で行われることです。受信器で行われるので、プリエンファシスのようなEMI問題の発生はありませんので、大きなブーストを行うことが可能です。また、デエンファシスよりも細かな特性の調整が行えます。

photo 図7 USB 3.0規格のリファレンス・イコライザ特性

 ここに示したリファレンス・イコライザの特性は最長伝送路のモデルで最適化されたものにしかすぎませんので、実際のイコライザ特性がこのとおりである保証はありません。それどころか、実際のICに実装するイコライザの方式と特性についてはメーカーの裁量に任されており、リファレンス・イコライザで示された特性であるContinuous Time Linear Equalization(CTLE)である必要はなく、ほかのシリアル伝送で実績のあるFeed Forward Equalization(FFE)やDecision Feedback Equalization(DFE)などの方式を取ることも許されています。

 図8には、イコライザによってアイパターンが改善する様子を示しています。図左上には伝送路の減衰で符号間干渉が起きた波形、その下にはイコライザで高周波をブースとして符号間干渉を補正した波形、右には補正後の波形で描いたアイパターンが示されています。

photo 図8 イコライザによってアイパターンが改善する様子

 USB 3.0スーパースピードでは、さまざまな接続状況で異なる伝送路の減衰に対応してイコライザを最適化するためのメカニズムが用意されています。トレーニングシーケンスと呼ばれ、実際に通信を開始する前にTSEQオーダーセットという特殊なパターンを流し、これを基にイコライザの最適調整を行うというものです。図9には、このTSEQオーダーセットの周波数スペクトルを示してますが、広い範囲に渡って周波数成分が分布していることが分かります。

photo 図9 TSEQオーダーセットの周波数スペクトル

 このように、USB 3.0スーパースピードでは常に通信開始前にイコライザの最適化を行って、安定な通信を確保するようになっています。従って、イコライザ側で全体特性の最適化を行うので、前述のデエンファシスは弱めの設定にしてあるとも考えられます。

ジッタの評価

 アイパターンの評価については一般的にマスク試験が行われてきました。USB 3.0スーパースピードでもSIGTESTという専用プログラムによるマスク試験がありますが、このマスク試験で評価するのはアイパターンの縦軸の開口EyeHeightのみになります。横方向であるEyeWidthについてはジッタによる評価に委ねるということにしています。このジッタの評価方法でも、USB 3.0スーパースピードは若干ほかの方式とは異なるのでここで紹介しておきます。

 現在のシリアルインターフェイスにおいて、ジッタ評価はDual Diracモデルを使ったものが主流となっています。ジッタの成分にはランダム成分とデタミニスティック成分があるというのは、一般常識化しています。実際のジッタのデタミニスティック成分はもっと複雑なのですが、Dual Diracモデルはこのランダム成分とデタミニスティック成分との組み合わせを単純化したものです。ランダム成分はガウス分布に従い、デタミニスティック成分は、2カ所のみに現れ、これにより、2つのガウス分布を重ね合わせたものが全体のジッタの分布であるとするものです。よく見るTj=Dj+14Rjという式は、まさにこのDual Diracモデルから導き出されたものです。エラーレイトが10の−14乗におけるガウス分布の幅が、標準偏差で示されるRjの約14倍になることから得られます。

photo 図10 Dual Diracモデル

 ところが、この式から分かるようにRjの値の誤差はTjの寄与としては14倍にもなるため、正確にRjを計測することが望まれます。一般的には疑似ランダムシーケンスを用いてアイパターンおよびジッタの計測を行います。USB 3.0でも同様に疑似ランダムシーケンスをコンプライアンスパターンとして送出するようにしてあります。

 前回の解説の図6で示されたLink Training and Status State Machineの右上にあるCompliance Modeでは、CP0(Compliance Pattern 0)と呼ばれる疑似ランダムシーケンスが流れるようになっています。PCI Expressと同様にパッシブな負荷を接続して電源を入れると、このモードに自動的に入るようになっています。

 しかしながら、この疑似ランダムシーケンスにはISI成分など複雑なデテミニスティック成分が含まれており、計測上ランダム成分の分離に際して誤差を最小化することが困難であるとされます。そこで、USB-IFでは、ランダム成分の測定にはデタミニスティック成分が単純なクロックパターンであるCP1(Compliance Pattern 1)を用いることにしています。CP1でRjを計測してからCP0でのDjおよびTjの計測に利用するという2段階方式のジッタ計測を行います。5Gb/sでタイミングマージンが厳しくなる中、より正確なジッタ計測を行うための手法となります。なお、CP0とCP1の切り替えにはPing.LFPSという信号が必要になりますが、LFPSについては次回に解説を行います。

photo 図11 SIGTETの試験結果

 図11にSIGTETの試験結果を示します。アイパターンが2つありますが、左がエンファシス・ビットと呼ばれるエッジ直近の1ビットのアイパターン、右はデエンファシス・ビットと呼ばれるトランジション・ビット以降のビットのアイパターンです。真ん中のひし形のマスクが小さく見えるのは、横軸の評価をしないために幅が狭くなっているからです。

 このように、USB 3.0スーパースピードでは信号品質を守るためにさまざまな手法が用いられています。今回は、送信器側の評価を中心に解説しましたが、次回は、受信器の評価を含めて解説したいと思います。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.