車車間通信には700MHz帯を、環境志向でITSの普及を加速渡邉 浩之氏 ITS Japan 会長/トヨタ自動車 技監

ITS Japanは、1994年の設立以降、日本のITSの技術開発を下支えしてきた民間組織である。2009年6月に、トヨタ自動車の初代社長であり、ITS Japanの創設者でもある豊田章一郎氏から会長職を引き継いだのが、トヨタ自動車で技監を務める渡邉浩之氏だ。渡邉氏に、今後の日本におけるITSの技術開発の方向性について語ってもらった。(聞き手/本文構成:朴 尚洙)

» 2010年07月01日 00時00分 公開
[Automotive Electronics]

官と産学の間を橋渡し

 ITS Japanは、ITS(高度道路情報システム)を、日本のみならず全世界で発展させていくことを目的とした民間組織である。

 日本での主たる活動となるのが、政府や地方自治体などの“官”と、ITS Japanに参加している約300の企業/団体/大学などで構成される“産学”の間を橋渡しすることだ。ITSにかかわる官庁は複数あるため、個別の企業/団体/大学が意見を伝えようとしても、すべての官庁に伝わり切らない。ITS Japanは、産学からの意見を取りまとめ、それら複数の官庁に対して横串を通すように伝えている。


ワタナベヒロユキ 1967年、トヨタ自動車工業(現在のトヨタ自動車)に入社。以降、技術開発部門での業務に従事。1986年に、7代目「クラウン」のチーフエンジニアに就任。1996年、取締役に就任し、初代「プリウス」や燃料電池の開発を担当する。1999年に常務取締役、2001年には専務取締役を歴任。2005年6月、技監に就任(現職)。2009年6月、ITSJapan会長に就任。 ワタナベヒロユキ1967年、トヨタ自動車工業(現在のトヨタ自動車)に入社。以降、技術開発部門での業務に従事。1986年に、7代目「クラウン」のチーフエンジニアに就任。1996年、取締役に就任し、初代「プリウス」や燃料電池の開発を担当する。1999年に常務取締役、2001年には専務取締役を歴任。2005年6月、技監に就任(現職)。2009年6月、ITSJapan会長に就任。 

 また、ITSにかかわる海外の活動と連携を進めていくことも大きな役割となっている。現在、世界的に見ると、ITSは日本、米国、欧州の3極で開発が進められている。このことから、米国と欧州のITS推進団体であるITS America、ERTICOと、ITS Japanは連携しており、ITSの国際会議として『ITS世界会議』を毎年開催するなどしている。この会議は、2013年には東京で開催される予定だ。

 ITSに関するアジア太平洋地域の活動としては、日本と、中国、韓国、東南アジア諸国、インド、オーストラリアなどが加盟するITS Asia-Pacificがある。その立ち上げでは、ITS Japanが主導的な役割を果たした。アジア地域では、東西アジアを高速道路でつなぐアジアハイウェイ構想や、東南アジア全域を対象として開発を進める大メコン圏開発構想などがある。これらの構想において交通基盤を開発していく上で、ITSの実装は欠かせないはずだ。

700MHz帯の優位性

 当初、ITSの技術開発では、安全性や利便性を向上するようなシステムの開発に主眼が置かれていた。例えば、カーナビゲーションシステムでは当たり前の技術となったGPS(全地球測位システム)からの位置情報を使って地図データ上でどこにいるかを示すマップマッチング技術や、交通情報を知らせるVICS(道路交通情報通信システム)などは、利便性を向上するためのものだ。同様に、高速道路などでの利便性を向上するETC(自動料金収受システム)は、政府とITS Japanの連携による成果である。

 VICSについては、2010年度から、ETCと同じ5.8GHz帯の周波数帯を用いた新たなシステムの本格導入が始まる。今後発売されるETCの車載機は、VICSの機能を併せ持つようになるだろう。この新しいVICSの普及状況にもよるが、2.4GHz帯の周波数を用いる現行のVICSは、最終的にサービスを終息させることになると見ている。

 安全技術の関連では、700MHz帯を使った車車間通信技術の開発に注力している。この周波数帯は、地上アナログテレビ放送が終了した1年後、2012年7月から利用できるようになる。

 700MHz帯は、米国、欧州が車車間通信に割り当てている5.9GHz帯と比べて、通信に用いる場合の電波特性に優れる。特に、都市部や交差点などでは、建物や前方の車両に妨害されずに、車車間の通信を行うことができる点で優位性がある。欧米を含めて、全世界に700MHz帯を使ったITSの優位性を知らしめるためにも、技術開発を加速させていきたい。なお、使用する周波数は欧米とは異なるものの、通信プロトコルなどの規格は欧米のものと共通化していく方針だ。

プローブ情報を集約

 最近では、安全性と利便性の向上に加えて、環境への貢献もITSの重要な目的の1つとなってきた。この環境への貢献については、経済産業省とともに、プローブ情報の活用に関する研究を行っている。

 プローブ情報とは、移動する自動車を道路交通システム内における1個のプローブ(探針)と見なし、それらの自動車から得られるさまざまな情報のことを指す。現在は、主に渋滞予測を行うためのデータベースとして用いられている。このプローブ情報は、各自動車メーカーが、それぞれ独自のサービスを展開するために、個別に収集/利用しているというのが現状だ。ITS Japanでは、これらのプローブ情報を1つに集約し、公的施設から取得できるようにすることで、従来よりも高い精度で渋滞予測を行えるようにしたいと考えている。より高い精度の渋滞予測サービスを利用することによって、自動車のストップ&ゴーの回数が減れば、その分だけCO2の排出量を削減することができるはずだ。

 これまで、日本全体のCO2排出量の削減については、ガソリンの消費量から見積もることができたが、交通システムの効率化による貢献度を判定する手段がなかった。しかし、プローブ情報に含まれる各車両の燃費情報を利用することで、交通システムの効率化によってどこまでCO2の排出量を削減できているかを測定することも可能になるだろう。

 すでに、プローブ情報を用いたサービスを提供している自動車メーカーからの協力は取り付けてある。2010年度中に、プローブ情報の集約に関する実証実験を行いたいと考えている。

町おこしにもITS

 ITSは、安全、快適、環境だけでなく、交通システムの革新によって市街のあり方を変えることにも貢献できる。

例えば、フランスのナントでは、街の中心部が駐車車両であふれ返っていたことなどの理由によって満足な都市機能が得られないことから、中心街の過疎化が進んでいた。この問題を解決するために、ナントでは、自動車の利用は街の外縁部までにとどめ、街の内部に入る場合には鉄道を利用するようにしたところ、中心街に活気が戻ってきたという。

 この事例は、ITSを適用した成果ではない。だが、ITSは、交通システムに大きな変化をもたらすとことにより、同じように街のあり方を変えられる可能性を持つ。ナントの例は、“シャッター通り”ににぎわいを取り戻すような町おこしに、ITSを活用するためのケーススタディとして見ることもできる。

 国が豊かになるには交通システムの発展が不可欠である。すでに日本の交通システムはかなり発展した状態にあるが、ここからさらに発展させるにはITSの力が必要だ。現在の与党である民主党もその重要性を認識しており、2010年3月には同党内でITS議員連盟が発足した。自民党を中心としたITS議員連盟も存在しており、今後は超党派でITSの発展を目指すことも可能になるのではないかと期待している。

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