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» 2011年06月08日 13時40分 UPDATE

踊る解析最前線(10):設計に役立つMBD。中小企業にも広めたい (1/2)

MBDの歴史は古く、大企業でも活用されている。しかし、システムが高価であることから、中小企業への普及はまだこれから。

[吉村哲樹,@IT MONOist]

 近年、CAEの世界で注目が高まりつつある技術に「マルチボディダイナミクス」(以下、MBD)がある。多くの読者にとってはまだあまり聞きなじみがないかもしれないが、大きな可能性を秘めた技術として、メカ設計の領域を中心にさまざまな分野で導入が進んでいる。CAEや解析技術に携わる人々の間でも、MBDはいまだ発展途上の技術だと見られる向きがあるが、実は多くの企業の設計現場で着々と成果を上げつつある技術なのである。

 このMBDの日本における普及と啓蒙を目的として活動を行っているのが、MBD協議会設立準備委員会だ。同委員会はその名の通り、MBD協議会の設立に向けて活動している産学共同の組織だ。2011年5月17日、同委員会の主催で「第1回マルチボディダイナミクス活用セミナー」というイベントが、東京大学 生産技術研究所にて開催された。同イベントでは、MBDの研究や活用に日々携わる大学および企業のキーパースンが登壇し、MBDの解析手法や活用事例の紹介を行った。

 本稿ではその中の、MBD協議会設立準備委員会の中心人物であるいわき明星大学 清水信行教授が行った講演の内容から、MBDの現状やその活用事例について紹介したいと思う。

機械の「動的な設計問題」を解決するための解析技術「MBD」

清水教授 いわき明星大学 清水信行教授

 「設計にこんなに役立つMBD技術およびMBD協議会設立に向けて」と題された清水氏の講演は、まず「どんな用途でMBDが役に立つのか」という内容からスタートした。

 「従来のCAE技術との比較で言うと、MBDは『動的な設計問題』を解決するのに非常に適している」(清水氏)。

 ここで言う「動的な設計問題」とは、つまりこういうことだ。CAEによる解析の対象となる機械には運動、すなわち大きな剛体移動を伴う振動問題が多く発生する。また機械は、駆動装置やエレキ、制御システムを内包していることも多い。近年製造される機械は、こうしたさまざまな動的要素を総合的に扱う必要性に迫られている。

 このように、さまざまな部品や要素で構成される機械のことを、「マルチボディシステム」(MBS)と呼ぶ、そして、このMBSの全体の動きをコンピュータを用いて解析し、モノ作りに役立てるための技術がMBDなのである。

 例えば自動車は、ボディやサスペンション、タイヤなどの各種パーツに分解される。さらにサスペンションだけを見ても、多くの部品がさまざまな方式で結合されている。このように、解析対象の全体モデルを一度分解モデルへと分解した上で、各要素がどのように運動するかを方程式化し、さらに各要素の間がどのように拘束されているかを方程式化し、これらを再結合した上で全体の動きを解析するのがMBDの大まかな方法論だ。

 MBDの歴史は古く、1970年代には早くもMBD技術を使った商用の解析コードが登場している。現在CAEで広く採用されている有限要素法による解析技術との関わりも深く、近年では有限要素法の手法とMBDを組み合わせた連成解析の新手法が開発されるなど、両者は徐々に接近しつつあるのが現状だという。

既に幅広い分野で活用が進んでいるMBD

 続けて清水氏は、実際にMBDが活用されているモノ作りの分野を幾つか紹介した。

 先ほどの説明だと、MBDはリジッドな物体で構成される機械の解析に使われるものだというイメージを持たれるかもしれない。しかし実際には、柔らかい物体の動きを解析する技術としても広く利用されているという。

 「例えば、ロープの巻き取り装置。もし巻取りが緩いと、ロープが痛んで切れてしまう可能性がある。そのため、巻き取り装置を設計する際にロープの挙動を解析する必要があり、ここでMBDが活用されている」(清水氏)。

 ほかにもハーネスや、紙送りシステムにおける紙などといった柔らかい物体を解析するために、MBDが広く利用されているという。

 また、例えば歯車の噛み合い時の応力などといった物体間の摩擦や、自動車のサスペンションなど形態が変化する系の挙動解析なども、広くMBDが活用されている領域だ。さらには、地震対策にもMBDは応用されているという。

 「阪神淡路大震災では、神戸港のコンテナクレーンが脱線して脚柱が地面にヒットしてしまう事故が起きた。それ以降、コンテナクレーンの設計時に、地震を想定した解析を行うためにMBDが利用され始めている」(清水氏)。

 このほかにも、電車の車台がレールを曲がる際の挙動解析や、トレーニング機器が人体に与える力の応力の解析など、既に幅広い領域でMBDは活用されている。

MBDによる仮想プロトタイピングが設計プロセスを加速させる

 このように、さまざまな分野で成果を上げているMBDだが、では実際にモノ作りの現場には具体的にどのようなメリットをもたらすものなのだろうか? 清水氏も、「単なる解析技術としてではなく、モノ作りの現場にとってどのように役立てることができるかが、MBDの最大のテーマだ」と述べる。

 そのためのキーワードになるのが、「仮想環境」だ。これまで説明してきた通り、MBDはさまざまな部品で構成される機構・構造系の動きを解析する技術だ。これを活用すれば、コンピュータ上で部品を組み立てて機構全体の動きをシミュレーションする、いわゆる「仮想プロトタイピング」が可能になる。

 仮想プロトタイピングを活用した設計プロセスは、次のようになる。まずは3D CADで各部品やユニットの設計を行う。そしてその設計データを基に、MBDの仮想環境上で仮想プロトタイピングを行い、全体の動きをシミュレーションする。ここで何らかの問題が判明した場合には、設計にその結果をフィードバックし、再び3D CAD上で設計を行い、MBDによる仮想プロトタイピングを行う。こうしたサイクルを何度か回し、ある程度全体の仕様が固まった時点で、RPT(Rapid Prototyping)技術を使って初めて実際の試作機を作り、実時間検証を行う。

 このように、MBDによる仮想プロトタイピングを活用して設計プロセスの多くの部分を仮想環境上で行うことにより、製品の開発に要する期間やコストを大幅に圧縮することが可能になるのだ。清水氏は、このような仮想環境上の設計プロセスが威力を発揮する例として、メカトロニクス製品におけるファームウェアの開発を挙げる。メカトロニクス製品の市場では、技術の進歩や流行の変化が年々速さを増しているため、開発リードタイムや開発コストの圧縮が強く求められている。そのため、シミュレーション技術の導入による設計プロセスの効率化が近年特に進んでいる分野である。

 従来ファームウェアの設計やテストは、ある程度メカやエレキの設計や試作が進んだ段階でしか行うことができなかった。それが、MBDによる仮想プロトタイピングを活用すれば、仮想環境上でメカとエレキを組み上げた状態で、早い段階からファームウェアの開発やテストを行うことができるようになる。そうなれば当然、製品全体の開発期間も大幅に圧縮できるというわけだ。

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