「日本の製造業は国内に拠点を置いたまま世界に伍して戦える」――勝利の秘策を日野三十四氏が語る井上久男の「ある視点」(5)(1/2 ページ)

「モジュラーデザイン」という新たな設計思想が日本メーカーを救う。日本に拠点を残したままでグローバルで戦うための“新次元の低コスト実現”のヒントを探る。

» 2011年08月25日 13時00分 公開
[井上久男,@IT MONOist編集部]

2極化する市場に対応しながら体力を維持するVW

 先月の本コラムでドイツのフォルクスワーゲン(VW)の業績が好調な理由について触れた。その中で、VWは2000年代半ばから「モジュールツールキット」と呼ばれる手法を導入、プラットフォーム別ではなく、エンジンの置き方を軸とした区分で、部品の共通化を推進する設計戦略に変更し、開発投資を抑制して商品のバリエーションを増やしたことが快進撃の一因と紹介した。

 世界経済の状況を見渡すと、新興国の台頭によって、モノづくりのありようが大きく変化しているように筆者は感じる。例えば、世界一となった中国の自動車市場は、モータリゼーションと成熟化が同時進行するという、これまでの常識では考えられないような市場の2極化が進行しており、それに対応しなければシェアと利益の両方が獲得できない状況になっている。

 上海などいわゆる沿海部の大都市の消費者の嗜好は、米国や日本といった先進国に近く、自動車も低価格のセダンから高級なSUVやミニバンにシフトしている。2011年1〜6月の中国の新車販売の伸び率は前年同期比約3%と2010年までに比べてクールダウンしているが、SUVは27%も伸びている。一方で、内陸部ではこれからもモータリゼーションが進むとみられ、価格の安い車種を持つかどうかがシェアを左右すると考えられる。

多様なラインアップと効率化の二律背反への答え

 中国市場では、高級車と低価格車の両方を品ぞろえしなければ、販売競争には勝てないのではないだろうか。要は顧客の価値観の多様化に対応する商品づくりをしなければ、グローバル競争から取り残されるということであろう。同時にこれは商品ラインアップが増えることを意味し、部品点数が増えるなど固定費コストが上昇し、企業の収益を圧迫することになる。戦略を間違えば、ものは売れても利益が出ない、いわば「利益なき繁忙」の状態に追い込まれかなない。

 こうした中で、商品力強化とコスト削減を同時に遂行していく上で重要になる戦略が単なる部品の共通化だけにとどまらない新しい「モジュール戦略」である。その新しい概念や手法である「モジュラーデザイン」を提唱する元マツダのエンジニアで、現在「モノ造り経営研究所イマジン」所長兼「日本モジュラーデザイン研究会」の会長を務める日野三十四氏に、「モジュラーデザイン」について伺った。

――まず、「コスト削減のためにモジュール化を推進」という言葉をよく聞きますが、モジュール化とは何か解説してください。

日野氏 日野三十四氏

 モジュールの語源は、ギリシャ時代の建築様式で使われた規格「モドゥルス」に始まるといわれます。この規格によって、建築で使われる構造物が、互いに組み合わせられるか、共通性があるかが一目で分かるようになりました。15世紀にグーテンベルクが発明した文字を組み合わせた印判を使う活版印刷もモジュール化の代表例の1つです。19世紀のフランスの軍人であるシャルル・ルナールは、等比数列の「好適数(ルナール数)*」を考案し、気球をつるすワイヤーロープの管理に応用しました。これにより、ワイヤーの種類を425から17に減らしたのです。ルナールは、モドゥルスを発端とするモジュール化の取り組みを“数学”にしたといえるでしょう。ほかにも、すり合わせ型製品の典型であったコンピュータをモジュール型製品の典型に変えて現在のITの時代を作ったIBMのシステム360など、さまざまな例がありますが、人類はモジュール化の技術を使って産業を発展させてきた歴史を持ちます。


*好適数 ISO(国際標準化機構)では「Preferred Numbers」として登録され、JIS(日本工業規格)では「標準数」として登録されている。


生産のモジュール化、設計のモジュール化

 最近、多くの製造業で使われる「モジュール化」には大きく2種類に分けられます。生産のモジュール化設計のモジュール化です。

 生産のモジュール化とは、一言でいうと、完成品メーカーに納入する部品の単位を大くくりにすることです。例えば、これまで完成品メーカーにA、B、Cという3つの部品を納品していたサプライヤーが、AとBとCの部品を組み合わせたDという単位の大くくり部品にして完成品メーカーに納品することです。

 こうすると完成品メーカーはAとBとCの部品を組み立てる工程が不要になるので助かります。しかし、これだけではその仕事をサプライヤーに持って行っただけであり、かつ新しく大くくりにするDという工程が生まれるので、トータルでは本質的なコスト削減につながりません。

 仮にA、B、Cの部品にそれぞれ10種類あると、新しく生まれるDという部品は、10×10×10=1000種類発生するので、部品の管理工数が増えるわけです。

 しかし、サプライヤーの労賃が完成品メーカーの労賃よりも40%程度安ければ生産のモジュール化は、工程は煩雑になっても金額的にはトータルでもおつりが来るといわれています。

 一方の設計のモジュール化とは、互換性の高い部品を標準化して部品の組み合わせを変えることで製品を設計する手法です。子どもが遊びで使う「レゴブロック」が実は設計のモジュール化を分かりやすく示す一例です。少数のブロックを多様に組み合わせることで自動車や電車、建物などさまざまなものを設計できます。

 設計のモジュール化は、「脱」すり合わせ設計でもあります。すり合わせ設計は、新製品を生み出すたびに個別最適の設計をする方法なので高品質の製品を設計できる可能性がありますが、新モデルごとに固有の部品を生み、それに伴い多くの生産機材が必要になるという課題があります。今や新興国の製品も高品質になってきていますから、すり合わせ設計をしていると部品と生産機材が増え、固定費が増加するというハンディキャップの方が目立ってきました。

――日野さんの提唱している「モジュラーデザイン」と、生産のモジュール化・設計のモジュール化とはどう違うのですか。

 モジュラーデザインとは、設計のモジュール化を進化させたものです。先にも述べたように、同じモジュール化という言葉を使いながら、生産と設計のモジュール化は、部品の管理工数などの面で実態は正反対です。

 さらに設計のモジュール化でも、分析的アプローチと設計的アプローチの2種類があります。分析的アプローチは、生産現場で部品の種類が多い原因を分析してその改善策を設計部門に提案することでモジュール化を推進することであり、設計は受け身です。一方の設計的アプローチとは設計者自ら設計のプロセスを変革することでモジュール化を推進することです。当然、コスト削減などの効果は後者の方が大きいでしょう。モジュラーデザインとは、設計的アプローチによる設計のモジュール化のことを指します。

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