明るく楽しい職場からしか良い物は生まれないメカ設計イベントレポート(17)(2/3 ページ)

» 2011年08月31日 12時25分 公開
[小林由美MONOist]

従業員満足度を高める

 「明るく楽しい現場からでないと、よい物は生まれない」。記事の冒頭で紹介した関氏の掲げるモノづくり思想の大きな柱の1つだ。従業員満足度を高めなければ、顧客満足も生まないという考えだ。この厳しいご時世で、「従業員満足度」というのは、何かとないがしろにされがちだ。

 デジタル屋台の作業では前述のように時間的ノルマを課されない。しかしある日、作業者から関氏に「自分の組み立て所要時間が知りたい」というリクエストがあった。そこで、最終工程を終了したときにEnterキーを押すと、所要時間を表示させるようにした。見たくない人は、見なければいい。しかし、多くの人がそのタイムを励みにした。中には、家にタイムを持ちかえって、Excelで記録している人までいた。

 そんな中、こんなことを言う人がいた。「じゃあ、標準組み立て時間を表示して、カウントダウンさせたらいいじゃない?」。関氏は無論、首を横に振る。この人は、分かっていない……。「PCに監視されて仕事をする」ということが、いかに作業者のマインドを落とすか……。監視などしなくても、作業者たちは自発的に組み立て時間を縮めていったのだった。

 これが例えばメインアッシーとサブアッシーに分かれていたらどうか。メインアッシーを任された担当者はいいかもしれないが、サブアッシーを任された担当者は「私は能力が劣るのか」と、多かれ少かれ感じてしまうもの。真面目な作業者はそう思っていても、顔には出さずに作業を全うし、それなりの生産性は維持するだろう。しかしマインドが高まることもない。

 ミスを繰り返すこと、監視プレッシャーを不快に思うこと、付加価値のない作業を面倒くさいと思うことは、「根性が足りないから」「性根が不真面目だから」と責められがちだ。しかし、それは人間の素直な本性であり、弱点でもある。人間の弱点を完全克服することに力を注ぐのではなく、そこで無理をせずITにアシストさせ、本来力を注ぐべきところに力を注いで、製品の品質と生産性を高める。それこそ、関氏の考える「楽しいモノづくり」である。

新しい仕組み導入と抵抗勢力との闘い方

 生産工程でボトルネックを生む問題は、設計初期段階で極力解消しておこう。それがフロントローディングの概念だ。マインドの高まった作業者の能力を生かすには、やはりより良い設計をすること。作業者と同様に、設計者のマインドも上げなければならない。そして「設計者を楽にする」にはITの力と全社的理解が不可欠だ。

 以降は、1990年代後半、ローランドDGに3次元CADが導入された際に関氏自らが体験した「抵抗勢力との闘い」について語った。こちらは少々古い3次元CAD導入の話だが、いま企業で奮闘するCAEやPDM、PLMなどの導入・推進にも通じてくるだろう。モノづくりを楽しくするはずのITも、上手に推進しなければ「苦しいモノづくり」のループに誘い込むことになりかねない。

 新しい仕組みを導入する際には、トップダウンか、ボトムアップか。その問いに関氏は「トップダウンに決まっていますよ」と答える。かつてローランドDGでは、「全ての部門で3次元CAD(データ)を使い倒せ」という経営トップからのお達しがあった。デジタル屋台の仕組みも、その流れの中で生まれた。

 全員がトップ方針に従うのかという問題はあっても、トップからの強力な指針提示がなければ、やはり組織は動かない。また、経営指針に沿っていれば、当然、現場のITシステムの稟議も通りやすくなる。

 次に問題になるのが、部分最適か、全体最適か。トップダウンで方針が打ち出されたとしても、全ての部署が素早く動くとは限らない。なので、ひとまず動きが早いところから最適化され、最終的に全体最適されればいいのではないかと関氏は言う。全体最適を最初から目指してしまうと、先ほどのTOCの話と似ており、動きが遅いところに引っ張られてしまうというわけだ。

 「2次元図面から3次元の形状を具体的にイメージする」「3次元の物体から、2次元図面を描く」のも、技術的な能力だ。しかし、「3次元CADがあれば、そのような能力は不要」、つまり「設計者の仕事の価値が低くなる」という勘違いが起こりがちだ。「設計者の役割は図面を描くことではありません。『無から有を生む』という非常にクリエイティブなことだと私は思います」(関氏)。

 DR(デザインレビュー)では、さまざまな部門が参加するが、営業やサービス部門が2次元図面を見せられても、そこから形状を理解することは難しく、何かを意見をしたくても黙っているしかなかった。そこに3次元モデルがあれば、誰もが形状を把握することができ、そこから意見を伝えることも可能だ。すなわち、3次元CADとは、設計ツールでありながら、コミュニケーションツールでもある。

 そうしたメリットを伝えていくとともに、抵抗する相手の言い分にもしっかりと耳を傾けて議論を重ねていき、「抵抗勢力」から「推進勢力」へと変えていった。ここで、相手から「1与えたら、1返ってくる」ことを望んでは、腹が立ってくるだけ。ここでは「5与えたら、1返ってくれば万々歳」と考える気長さ(「5give=1take」の精神)が肝心だったという。絶え間ないアプローチを繰り返し、5:1を4:1、やがて1:1へと近づけていく。

 しかし、それでもどうにもならないこともある。関氏も実際にそれを経験した。そんなときは、「組織の中で力がなければ、放っておくこと」だという。しかし、ある程度の役職がある人の場合は、どうか。それは……、経営層に「私が合っているか、○○さんが合っているか。もし私とお考えなら説得してください」という具合に、協力を仰ぐこと。しかし、これは関氏いわく「非常手段」。あくまで基本は、「5give=1take」の精神であることを忘れないでほしいという。

 3次元CAD導入の抵抗勢力の中には、設計者たちもいた。「3次元CADでフロントローディングって言うけれど、いまでさえ残業100時間超えなのに、これ以上設計の仕事を増やすつもりか」――それが設計者の心の叫びだった。「3次元データがあれば、CAEでシミュレーションができます。化学物質の管理も自動でできます。部品表も自動的にできます」となれば、「なら設計のついでで、十分できるでしょう?」と言われてしまう。そして、設計者がやる必要がない仕事が積み重なることで、付加価値の高い業務にどんどん集中できなくなる。

 関氏は逆に、3次元CADを導入することで、「設計者から仕事を取ってあげるべき」と考える。例えば、出荷する国ごとの定格ラベルの選択や貼り付け位置なら品質保証部に、部品の見積もりは購買部が3次元データを見て自発的に行う、梱包設計は物流部門が行う。そして、設計者はより創造的で付加価値の高い作業に集中する(ローランドDGでは一部実現したそうだ)。

 それを3次元で成し遂げるには、「設計は設計部門だけの仕事ではなく、営業、人事や総務まで含めた全社的活動である」という認識を浸透させ、全部門の垣根を取っ払う必要があると関氏は言う。それには、やはり経営層の理解も不可欠ということになる。

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