「フレキシブル生産」については、その特長の一つに汎用機の活用が挙げられる。マツダ本社工場西地区でエンジンのシリンダーブロックを製造するラインでは、1工程当たり14台の汎用マシニングセンター(MC)が並んでいる。
「モノ造り革新」の前までは専用機で対応していたのを改めた。専用機は大量生産には適しているが、変種変量生産には弱いからだ。また汎用MCだと1台が生産を止めても他の13台は動いているが、専用機は1工程が止まると全体の流れも停止してしまう。しかも刃具や治具交換のためにいったん止めると専用機は再プログラムする段取り換えにも時間を要する。
汎用MCの積極活用によって、機械を停止することなく、1ラインで多様な製品を生産できるように変えた。発想を変え、機械が動いている時間を「付加価値」と見なす方式に切り替えたのである。
この結果、13種類のエンジンを1つのラインで流せて、専用機時代には45工程あったものを4工程にまで激減させることに成功した。設備投資額も従来比で70%削減できた。
エンジンの最終組み立て工程も同様に1ラインで13種類流れている。V6エンジンと直列4気筒はシリンダーの並ぶ角度が違うため、シリンダーヘッドカバーの組み付け作業の仕方も変わるはずだが、ライン上でV6エンジンだけを傾けるシステムを導入し、同じ設備で1ラインでの組み付けを可能にした。
こうした「フレキシブル生産」に対応できたのは、「コモンアーキテクチャ」という考え方を導入したからでもある。例えばエンジンの構造部品の1つ、シリンダーブロックの冷却通路方式に「クローズドデッキ」と「オープンデッキ」の2方式があったのを後者に、同様に「ベアリングビーム」と「ロアブロック」の2方式も後者にそれぞれ統一化した。設計の初期段階で構造と工程をワンセットで考え、共通化しなければならない製品のハードポイントを最小化することで搬送基準や加工基準も統一化でき、1つのラインで複数の製品が流せるようになったのである。
「スカイアクティブエンジン」の開発でも、設計図を描く前から開発と生産部門が相互に協力し合い、模造紙に計画図の切り抜きを貼り付け、開発上と生産上の両面で変動部分と固定部分を一望できるようにした。製造現場が守るべきハードポイントは維持しながらも開発上実現させたい機能は同時に押さえていくためであった。この結果、図面作成には時間がかかったものの、初回の設計でシリンダーブロックのダイキャスト型を起こすことまで決められるなど、下流の試作プロセスなどでの工数が減った。
車体構造に大きな影響を与えるエンジンルームの設計でも、これまでは車種ごとに最適設計していたため、ハーネスの位置がばらばらになり、それによって工程も車種ごとに変わっていたが、レイアウト設計を全ての車種で共通化することで工程も単一化された。
新しい車体構造の開発でも「コモンアーキテクチャ」と「フレキシブル生産」の発想を組み合わせた。「スカイアクティブボディー」と呼ばれる、軽量・高剛性で衝突安全機能を高めた車体では、BクラスからCDクラスの車までまとめて企画し、SUVでもセダンでも同じストラクチャーを使うようにした。フレームワークのコンセプトや板厚は全て固定し、溶接のつなぎ方の構造も共通化した。前述したようにストラクチャーが一緒なら実験の解析データ―も共有化できるからだ。一方で、Bクラスの車には搭載しない部分もあらかじめ検討する。
「コモンアーキテクチャ」が成功する重要な要件として、開発と生産が一体となって変動と固定の部分を明確化していくことも挙げられる。
例えば、従来はボディー組み立て用の基準ピンは位置が固定だったのを変動要素に変えた。ピンの大きさを固定するだけでロケーターの位置を動かすことで対応したという。アンダーボディーの開発でも、「ストレート構造」や「マルチロードパス構造」などは固定要素とし、床の高さやホイールベースは変動要素として設計した。
金井副社長はこう説明する。「市場競争力、設計の合理性、生産の合理性の向上を全部同時に追求して、順番に並べないという考えが『モノ造り革新』の根底にあります。市場における競争力を最大化するには、車種・仕向地ごとに最適部品を作る必要があり、最適化のために作り分け必要になります。一方では、スケールメリットがないとコストが高くなるという綱引きの関係があります。量産効果を出すためだけに大量生産する考え方は、顧客には何の関係もない自動車メーカーの勝手な都合によるものです。多品種少量生産でも開発・生産の効率を高め、綱引きの関係を変えていき、共通化を進めながら種類もたくさん作るという、一見矛盾することを実現可能にすることこそ、『モノ造り革新』の神髄です」
マツダのこうした取り組みは、長中期的に求められる車の将来価値を想定し、今の設計にもその価値を反映させていくという意義がある。そうした点でも日本の自動車メーカーの中では革新的な取り組みといえよう。その価値も、市場のグローバル化の進展によって多様化している。例えば、食品の分野ではイスラム教徒のための「ハラル認証」*があるように市場によって求められる価値は違っているが、市場を獲得しようと思うならば、多様化した価値に対応しなければならない。しかも、スピーディーにかつ低コストで。
長期の商品戦略を練り、設計を最適化していく手法は米アップルなどが得意とする手法でもあり、製品の付加価値向上とコストダウンを両立させる利点がある。21世紀に製造業が生き残るためには、メーカーの独りよがりで品質を造り込むのではなく、市場が求める価値に見合った品質を提供しなければならない。しかし、日本のメーカー、特に自動車産業は、大型SUVと大型ピックアップが売れ筋である単一的な価値観の北米市場で大きく利益を稼ぐ構図に長く恩恵を受けてきたため、多様な価値に合わせてモノ造りする力が劣化しているように思える。マツダの取り組みは、日本の製造業が新たな輝きを取り戻すための日本の「産業革命」的な取り組みだといえるだろう。
*ハラル認証 イスラム教では豚肉やアルコール類の摂取が戒律で禁じられている。製造工程やその管理において、戒律を守っていることを証明する規格をハラル認証と呼ぶ。中東や東南アジアなどのイスラム教徒居住地域で食品を流通させるには対応が必須である。
井上久男(いのうえ ひさお)
Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/
フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。
Copyright© 2012 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.