3次元CADを教えるなら、8歳から?【海外取材】ベンダーイベント潜入レポ

オランダ、アメリカ、シンガポール……さまざまな国の人たちが語った、3次元CADと教育の現状。エンジニア教育は、なるべく幼いうちからがベスト?

» 2012年04月03日 12時35分 公開
[加藤まどみ,@IT MONOist]

 米ダッソー・システムズ・ソリッドワークス(以下、米ソリッドワークス)主催のイベント「SolidWorks World 2012」(会期は現地時間で2012年2月13〜15日、米国カリフォルニア州サンディエゴ)のゼネラルセッションでは、研究用ロボット「NAO」が登場した。

 NAOを設計した仏アルデバラン・ロボティクス(Aldebaran Robotics)社の設立者でCEOのブルーノ・メゾニエ(Bruno Maisonnier)氏は、その壇上で、3次元CADと学生のエンジニア教育について、こう語った。「機械などに対する好奇心は誰でも持っている。3次元CADというツールが目の前にあれば、進んで自分の手でモデリングするはず」。

 3次元CADは直感的に設計物を把握しやすく、学生が“設計という作業”そのものにも興味を持ちやすくなる。よって、効果的に3次元CADの操作や設計を学習できる。

 ――以下では、3次元CAD「SolidWorks」の教育現場における展開状況や、3次元CAD教育現場の課題、日本や世界各国のエンジニアの育成事情などについてまとめた。

左は米ソリッドワークス 教育市場ディレクター マリー・プランチャード(Marie Planchard)氏、右は仏アルデバラン・ロボティクス(Aldebaran Robotics)社 CEO ブルーノ・メゾニエ(Bruno Maisonnier)氏

 同イベントの世界各国の教育関係者によるディスカッションで交わされた話題や、モデレータを務めた米ソリッドワークスの教育市場のディレクターであるマリー・プランチャード(Marie Planchard)氏の単独スピーチに基づいて構成した。

プランチャード氏

世界各国におけるエンジニア教育と3次元導入の現状

 世界各国のエンジニア育成の現状は、「政府主導でエンジニアの育成に力を入れている」「エンジニア志望者の少なさが問題となっている」など、状況がさまざまなようだ。一方、3次元CADの導入の過程で生じる課題には、いろいろと共通する点が見られた。

世界各国の教育関係者によるディスカッションの様子

 学生に、エンジニアという職業に興味を持ってもらうため、各国の教育現場ではさまざまな努力がなされている。国によっては「4万人のエンジニアが必要と算出されているが、実際は2万人しかいない」とオランダの教育機関の職員であるジャック ヴァン ブロエク(Jack van den Broek)氏が言うように、エンジニア志望者が不足している国もあるようだ。

 「早期の教育が重要」と米国のある教育機関のアラン・ゴメズ(Alan Gomez)氏は言う。ゴメズ氏によれば、8〜10歳の間で、無意識に「自分が理系か、文系か」を決めていると言う。それまでにエンジニアという職業とその内容を具体的に知ることがなければ、エンジニアへの道は閉ざされる可能性がある。そこでゴメズ氏の学校では、学生ができるだけ幼いときに、エンジニアの職業や3次元設計を体験させることにしているとのことだ。

 また米国のカレッジ職員であるエリーゼ・モス(Elise Moss)氏は6〜8歳の子どもの学校を訪問し、設計や解析を体験させている。元エンジニアのモス氏が出前授業をすることで、この職業が強く印象付けられるという。

 一方、興味を持続させることも重要だ。アイルランドのパトリック・カラン(Patrick Curran)氏が所属する教育機関では「子どもたちは3次元CADには面白がって取り組む。ただ『難しい』と思うとあっさり諦めてしまう子もいるため、きちんとサポートすることが必要」(カラン氏)。エンジニアを育成するためには、子ども自身だけでなく、保護者も協力的であることが大切だ。そこでカラン氏が勤める教育機関では、学校を開放して親が自由に授業を見られるようにするなど、保護者への対応にも力を入れているという。

 シンガポールのラマナス(Rmanath)氏が勤務する職業訓練学校ではコンテストを実施するなどしてエンジニアリングへの興味を引き出す工夫をしているということだ。

設計以外への3次元CADの活用も

 SolidWorksを設計以外の分野で活用している学校もある。フランスのある学校では設計のほかに、物理や算数などでも使用しているという。例えば算数の時間に使う場合、円錐(えんすい)をさまざまな方向からカットして、双曲線や放物線などの2次曲線を作り出すといった具合だ。自分で好きなようにカットして確認できるため、図を見たりあらかじめカットされた模型を触るよりはるかに理解しやすいということだ。

教師の意識転換とサポートも必要

 学生が3次元CADに好奇心を持って取り組む一方で、教師には「新しい技術を歓迎する人と、そうでない人がいる」とプランチャード氏は言う。同氏はかつて学校でCADを教えていたという経歴の持ち主だ。自身も教師だった当時、最初は導入に反対だった。「ただでさえ忙しいのに、この上さらに新しいものを教えるのは不可能だ」と感じたからだという。だが、周囲の「3次元の重要性」を主張する声に説得されて、最終的には導入に賛成したということだ。

 ラマナス氏の学校でも、普段の仕事が多過ぎるあまり、新しいものに取り組む余裕がないことを理由に、抵抗が強かったという。そこでスタッフ専用の教育プログラムを用意。「職業訓練校なので、やがて現場に出る学生に“古いこと”を教えても仕方がない。まず、われわれが企業に引けを取らない知識を持っていないといけないといつも主張している」(ラマナス氏)。

 「新米やベテラン、他分野から来た人など、どんな立場の教師でも取り組みやすい3次元CAD教育の仕組みを作らなければならない」とゴメズ氏も言うように、3次元CAD導入の際はまず教師が教えやすい環境を作ることが重要と言えそうだ。

教え方にも変化が

 教育現場に3次元CADが導入されると、指導方法にも変化が起こるという教師が多いようだ。従来の手描きや2次元CADによる製図の時代のように「教壇から一方的に教える」のではなく、「生徒をサポートする」という形への変化だ。

 プランチャード氏自身も、現場に3次元CADが導入されてから、指導方法を根本的に変更したという。例えば学生に、家にある壊れた物を持ってきてもらい、「壊れないように設計変更しなさい」という課題を出す。自分の身近なものを題材とするため、教師に相談を求めたり学生同士で相談したりするようになる。

 3次元CADは直感的に設計物を把握しやすく、学生が“設計という作業”そのものにも興味を持ちやすくなる。よって、効果的に3次元CADの操作や設計を学習できるというわけだ。

 一方、教師が間違った使い方を教えてしまう問題もあるとプランチャード氏は指摘する。米ソリッドワークスでは教育者向けテキストを用意して正しい使い方の習得を促している。また、SolidWorksをより深く知ってもらうために、教師にも「CSWA(Certified SolidWorks Associate)」(米ソリッドワークスの認定試験制度)の取得を勧めている。世界各地で教師向けのワークショップなども開催している。

日本における状況

 プランチャード氏は、「日本の学生はコンピュータの操作に長けている」と言う。「コンピュータを通して自己表現をしたいという意思が強い」とのこと。日本の学生にエンジニアへの興味を持ってもらうためには、「日本の製品は世界中で使われている。それを設計できるということは素晴らしいことだと気付かせること」だと述べた。

 日本国内では、約650校でSolidWorksが使用されている。日本の高等学校の学習指導要領では、2013年度から製図授業において3次元CADの使用が明記されている。

 日本の設計現場における3次元化の流れの中で、教育現場でも3次元CADの導入が着々と進んでいる。企業では、新人に設計ツールの使い方を一から教える余裕がなくなりつつあり、教育現場の役割が、ますます重要になりそうだ。

 ソリッドワークス・ジャパン(日本法人)は、エンジニア教育の一環である高専ロボコンや全日本 学生フォーミュラ大会といったイベントのスポンサーとなっている。

 2012年1月に公開された邦画「ロボジー」で、作中の学生たちがロボット設計に使用していたのが、SolidWorksだった。映画の中だけではなく、実際の教育機関のロボット開発においても、SolidWorksが広く採用されている。

 全日本 学生フォーミュラ大会の参加校においても、SolidWorksの採用が目立つ。ソリッドワークス・ジャパンは、大会に出場する学生を対象とした、構造解析や流体解析のワークショップも開催している。

教育現場は、まだまだ“伸びしろ”あり

 SolidWorksの教育版パッケージは3次元モデリングや解析、配線設備やLCA(ライフサイクルアセスメント)検証、レンダリングなどのツールがセットになっている。同教育版ライセンスは世界で約120万本使用されている。教育機関の採用する3次元CADとしてはシェアは大きい。米ソリッドワークスは、ユーザー人口にすれば、250万人ほどが使用していると見ている。教育機関の内訳は、およそ大学が40%、高等学校・高等専門学校が40%、中等学校が10%、その他の専門学校が10%程度ということだ。

 SolidWorksの採用について、国別に見ていくと、北米、欧州のほか、特にインドやトルコで伸びているという。インドでは学校が次々に新設されており、ライセンスの売り上げもそれに従って伸びている状況だという。トルコでは以前から航空宇宙産業向け部品や家具の製造が多かったこともあり、現地法人の立ち上げと同時に契約数が一気に伸びているとのこと。またメキシコでは同国の省庁主導により職業訓練校に大量に導入されたという。

 CSWAの取得に熱心なのが中国の学生だ。中国ではCSWAを持っていると就職に有利になるため、積極的に取得するのだという。中国は世界的に見てもCSWAの取得人数が1番多く、累積認定者数のうち約36%を占める。このように新興国を中心としてSolidWorksの導入や活用が増えている。これらの国はそれだけエンジニアの育成に力を入れているとも考えられる。

 プランチャード氏は、「全世界における3次元CADの教育市場は、まだまだ伸びしろがある」と述べた。現在のSolidWorks教育版の普及に比べて学生の数は圧倒的に多いからだという。教育パッケージの利益自体は少ないものの、SolidWorksのユーザーを川上から増やす有効な活動だと考えており、引き続き販売活動を進めていく方針ということだ。

Profile

加藤まどみ(かとう まどみ)

技術系ライター。出版社で製造業全般の取材・編集に携わったのちフリーとして活動。製造系CAD、CAE、CGツールの活用を中心に執筆する。



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