ソニーの“プロ機”が日本人にしか作れない理由小寺信良が見たモノづくりの現場(1)(3/3 ページ)

» 2012年06月04日 12時45分 公開
[小寺信良,@IT MONOist]
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 湖西サイトで製造される製品の中で最もハイエンドなものが、「4K」の製品群である。4Kとは昨今デジタルシネマをはじめとする世界で実用化が始まった映像規格だ。ハイビジョンの約4倍の解像度を持つ動画システムで撮影、編集、配信を行う。従来のフィルムに匹敵する解像度があり、デジタル上映の映画館で配備が進んでいる。

 ここで製造されているのは、4K撮影が可能なシネマカメラ「F65」、F65に装着するポータブルレコーダー「R-4」、映画館での上映に使用する4Kプロジェクションシステム「SRX-R320」、そして4Kのホームプロジェクタ「VPL-VW1000ES」などだ。

 ホームプロジェクタはコンシューマ向け製品ではあるが、高度な製造技術が必要なことや高額商品であることから、プロ機同様湖西サイトで製造することになった。

 これらソニーの看板商品の製造に関しては、全行程をソニー社員で製造を行っている。他の部分では製造を委託された外部関連企業の従業員も居るということである。

 F65の場合は、部組み、総組み、調整、検査の4工程を隣り合ったセルで行っている。工程ごとに製造者名が記録されるようになっており、調整結果も履歴が残る。もし何か不具合が出た場合には、どの工程に問題があったかをトレースできるようになっている。

画質検査、SR-R4との接続確認工程)F65の検査工程 画質検査、SR-R4との接続確認工程)F65の検査工程

 調整や検査はかなり自動化されてきており、ハンディタイプの商品は調整・検査は完全自動化を実現している。一方、スタジオカメラの場合は、最後は熟練作業者による目視での確認が必要になるという。熟練とはいっても、老練ということではない。実際の作業は若い女性も担当している。

 全行程の履歴がそろわないと、出荷用の製品ラベルが出てこないといった仕組みにすることで、不良品の製造・出荷を抑えている。

画質検査、SR-R4との接続確認工程.jpg)最後は熟練作業者の目視確認 最後は熟練作業者の目視確認

 SRX-R320は、光学部品であるプリズムや板ガラスフィルタなども、従来製品に比べて数が1桁違う高精度での製造が必要なため、この湖西で一貫生産している。マイクロディスプレイのSXRD自体は、鹿児島、長崎、熊本といった半導体、イメージセンサーの拠点で作られている。

 これらのハイエンド商品は、数が爆発的に出るという商品ではないだけに、ほとんど受注生産に近い。特にSRX-R320は、上映に使用するコンテンツサーバとセットで設置されるため、納入先の映画館の条件によって1台ずつのカスタム仕様となっている。そのため、この湖西から納品先へ個別に直送されることになる。

SRX-R320へのサーバ組み込み作業 SRX-R320へのサーバ組み込み作業

 E-Assy的な手法は、梱包にも取り入れられている。製品箱はシステムと連動した重量計の上に載せられ、製品はもちろん、同梱物を1つ入れるごとに重量チェックが入る。

 特に一番間違いやすいのがマニュアルをはじめとする紙類だ。ここでは日本だけでなく、海外に輸出する製品も製造しているため、扱うマニュアル類も複数の言語のものが存在する。

 従って、マニュアル類の袋詰めは別工程となっている。全ての紙類はバーコードが付けられ、作業工程表に基づいて1つずつ確認していく。ここにも微細重量計が導入されており、入れ忘れやダブりなどを監視している。

 そして袋詰めが完了したマニュアル群もまたバーコードで管理され、最終梱包過程に回されるという、二重チェックになっている。

現場が完全解決できるカイゼン力

 ハイエンドモデルは、もちろんその設計やノウハウが海外流出すれば大変なことになる。その一方で、「日本人は手先が器用だから」とか「真面目だから」といった理由だけで製造拠点を国内に置いているわけでもないようだ。

 要はミスを極力なくすためのちょっとした工夫を積み重ねて、しかも、その工夫に必要な治具やシステムまでその場で内製してしまうという、完全完結できる能力があるから、ということになるのではないか。そういうことが隅々まで行きわたっている生産拠点に価値がある、ということである。

 つまりターンキーシステムのように、製造ラインの電源を入れただけでドンドコと同じ製品ができるようなものであれば、中国などに敵わない。一方で、機械で作ることができず、しかも、製造プロセスをどんどん改良して効率を加速度的に上げていく、成長し続けるモノづくりというのが、日本流のやり方であろう。

 今回筆者が湖西サイトで見たさまざまな工夫は、高価な治具を独自に開発するというものではない。市販のプロジェクタやWebカメラなど、どこでも手に入るようなものを使ってシステムを作り、物理的にやりにくい、難しいといった部分をスマートにできるように、その場その場で臨機応変に対応しているのが印象的だった。少数生産なので、同じ作業を恒常的に行う必要がないため、テンポラリ的なものをどんどん開発、改良して導入していくのだ。

 製造者一人一人が、ある意味常に何かを発明し続けているというところが、日本で製造することの強みといえるのかもしれない。

筆者紹介

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小寺信良(こでら のぶよし)

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

Twitterアカウントは@Nob_Kodera

近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)




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