「国内家電メーカーのテレビ事業に未来はあるのか」――敗因を見極め、今こそ感覚のズレを正すとき本田雅一のエンベデッドコラム(15)(2/3 ページ)

» 2012年07月18日 09時45分 公開
[本田雅一,@IT MONOist]

家電メーカーが抱えてきた感覚のズレ

 もちろん、日本メーカーの国際競争力が急速に衰えていったのには理由がある。しかし、それは技術力の衰えや新しいものを生み出す企業としての力が失われたからではない。“経営の問題”が大きかったのではないだろうか。

 振り返ると、今世紀に入るころには既に、(まだ当時、顕在化はしていなかったが)世の中の流れやニーズに“ズレ”が生じ始めていた。韓国メーカーがマーケティングとデザインに注力する中、日本メーカーは新しい技術開発と将来の市場創出を目的とした技術の標準化などに力を注いでいた。

 新しい技術を開発し、それを標準化してライセンスしていく作業には、(人と資金の両面で)大きなエネルギーが必要になる。単純に、技術を持った企業だけが好き勝手に物事を決められるのならば、あまり苦労はないだろう。しかし、現実には独占禁止法などさまざまな法的拘束を受けながら、関係する企業との調整などを行わなければならない。

 業界を自らけん引するのではなく、韓国メーカーのように、大まかなディレクションは他社に任せ、製品化と製品マーケティング、それにプロモーション、デザインなどに力を集中させておいた方が事業として効率的だ。しかし、当時の日本メーカーは、他国の電機メーカーに負ける気などしなかったのだろう。

 2011年末、筆者はある電機メーカーの幹部に「もし、2005年ぐらいに円高で苦しんでいたら、今の状況は変わっていたかもしれませんね」と話したことがある。このころを境にサムスン電子のテレビは一気に伸びていったのだが、画質などビジュアル機器としての本質的な部分では負けていないという絶対の自信と、円安による好業績などが、韓国メーカーに対する評価や対策を鈍らせた。

 サムスン電子のデザインに対する傾注の結果が出始めたのは2005年以降だ。それまでのサムスン電子製の液晶パネルは消費電力が大きく、デザイン製を重視しようにも設計の自由度が低かったのだ。

 2004年にサムスン電子とソニーが液晶パネル合弁会社「S-LCD」を設立(現在は合弁が解消され、サムスン電子の100%子会社となっている)。ソニーのテレビは、サムスン電子製の(消費電力の大きい)液晶パネルを採用するようになった。これにより、ソニーはこれまでの流麗なデザインを捨て、やや野暮(やぼ)ったくなっても高性能・高機能へと傾注せざるを得なくなり、国内外ともに苦戦することになる。

2005年9月に発表されたソニーの「BRAVIA」 参考 2005年9月に発表されたソニーの「BRAVIA」。S-LCD社製の“ソニーパネル”を採用している(※出典:ソニー)

 この状況を解消するため、ソニーは積極的に技術を供与して液晶パネルの消費電力を下げ、よりデザイン自由度の高いテレビ開発が行える環境を整えた。「このときをきっかけに、サムスン電子製テレビのデザインが大きく前進した」と指摘する声もある。

パナソニック 代表取締役社長 津賀一宏氏 パナソニック 代表取締役社長 津賀一宏氏

 これは典型的な技術流出のパターンだが、このころ、世の中の流れの変化に気付いていれば、状況は変わっていたかもしれない。しかし、最も大きな問題は、“日本の電機メーカーがベストだと思っているAV製品が、必ずしもニーズの中心をミートしていなかった”ことに尽きると思う。

 パナソニックの津賀一宏社長は、社長就任の会見で次のように話していた。筆者の意見にも近いため、引用させて頂く。


日本のメーカーはテレビだけでなく、いろいろなデバイス、メディアがデジタル化する“インフラの変化”をリードする立ち位置にあった。(世界のトップにあったが故に)先頭を走る必要があった。自らフォーマット、デバイスを最先端で開発し、その普及活動も日本メーカーが担った。これら重いしがらみの中でデジタル化を進めてきたが、その中でも2005年までは負けていなかった。

ところが、デジタル化、HD化といったインフラの変化が一段落すると、(技術開発競争ではなく)端末販売の競争となった。これは一面的な技術競争ではなく、デザイン、マーケティングが重要な局面だ。ところがモノづくり、技術開発といった面での圧倒的な自信があったが故に、日本メーカーが考える“最高の製品”と、グローバルの“消費者が求める製品”のテイストが違ってきたことに気付いていなかった。


 さて、ここでも「2005年」という数字が出てきているが、このころからフルHDのテレビが急速に普及しだした。放送もパッケージもフルHDの“フルデジタル”となり、技術開発による新世代のスペックへの対応が終了。「フルHDが当たり前」という、数字上の差を付けにくいところでの勝負へと移り変わっていた。

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