中国は特許大国になり得る? 日本企業が採るべき対応は中国の知財動向を読む(1)(1/2 ページ)

3年後、中国の出願件数は250万件、日本の6倍以上!? 現地在住の日本人弁理士が、その実態と日本企業の対策方法を指南する。

» 2012年07月23日 11時00分 公開

 皆さん、初めまして北京北翔知識産権代理有限公司の西内です。これから何回かにわけて中国知財の現状と、想定されるリスクおよびその対策について検討していきたいと思います。

激増する中国特許出願

 図1は近年の中国の特許、実用新案および意匠の出願件数の推移を示すグラフです。近年の中国出願の状況はまさに「激増」と呼ぶにふさわしく、2005年には特実意の合計で47.6万件だったのに対し、6年後の2011年は163.3万件(2005年の3.43倍)にまで増加しています。さらに2015年には250万件(2005年の5.25倍)に達することが国家知識産権局により予想されています。

 2011年の中国の出願件数と日本の出願件数を比較すると、中国の出願件数は特許52万6412件(前年比134.6%)、実用新案58万5467件(前年比142.9%)、意匠52万1468件(前年比123.8%)なのに対し、日本の出願件数は、特許34万2610件(前年比99.4%)、実用新案7984件(92.0%)、意匠3万0805(97.0%)となっており、特許については、中国は日本の1.54倍、意匠については16.9倍、実用新案にいたっては実に日本の73.3倍にも達しています。

実態審査のない実用新案権が多数

 次にその内訳について見てみましょう。図2は中国特許出願の出願人の内訳を示すグラフです。2005年から2011年にかけて、外国人による出願件数はあまり変化していないのに対し、中国人による出願件数は激増しており、近年の中国特許出願増加の主な原因は中国出願人によるものであることがよく分かります。

 また、2011年における中国出願人による特許、実用新案、意匠の出願件数はそれぞれ全体の79.0%、99.3%、97.3%を占めており、実用新案、意匠については、ほぼ中国出願人による独占といってもいいような状況です。特に、実用新案については近年、出願件数の増加率が最も大きくなっており、実体審査を経ないで登録され、不安定な権利として存在する多量の実用新案権は日本企業の懸念材料にもなっています(なお、実体審査を経ないで登録される点においては、意匠権も同様です)。

中国特許出願の激増の原因と特許バブルの可能性

 では、なぜこのように中国出願人の出願件数が激増しているのでしょうか?中国は既に特許大国になったといえるのでしょうか? 中国においては多くのことが政治主導で行われるので、これらの問題を検討するにはまず中国における知財政策を把握する必要があります。

「自主創新」と「国家知的財産権戦略綱領」

 中国は2006年から「自主創新」をスローガンにイノベーション型国家への移行を急いでおり、2008年6月には知的財産権の創造・活用・保護・管理の能力を向上などを盛り込んだ総合的な知的財産戦略である「国家知的財産権戦略綱要(以下、「綱要」といいます)」が公布されています。2008年の第三次特許法改正も「綱要」の方針に基づいて制定されたもので、特許法以外にも「綱要」に基づいた政策が、近年、次々と施行されています。これら政策の詳細な紹介についてはここでは割愛しますが、これらの政策のうちで中国出願人による出願件数の増加に最も直接的に寄与している考えられるのが、特許出願の助成・奨励政策です。

 全国の地方政府は、特許出願の助成・奨励に関する規定をそれぞれ設けており、例えば、北京市では「北京市特許出願助成金管理暫定弁法」が、上海市では「上海市特許助成弁法」が制定されています。

出願のための出願?

 ここで興味深いのが、例えば、上述した北京市、上海市の場合(恐らく他の市、省でも同様と思われます)、「市」の下の行政区分である「区」(又は経済特区)がさらに上述した弁法とは別に、助成・奨励政策を制定している点です。各区の担当行政部門に直接確認を取ったところ、多くの区では「市」の規定と「区」の規定を重複適用できることが分かっています。

 つまり、出願人は特許出願に関する費用を「市」と「区」の両方から取得することができるということになります。この結果、これらの制度を利用すれば、出願人はほとんど出願費用を負担することなく特許を出願でき、出願人によっては出願をすればするほどもうけが出ているという話さえ聞こえてきます。

 また、中国には「ハイテク企業認定管理弁法」という規定があり、ハイテク企業と認定された場合、税制面の優遇が得られます。ハイテク企業として認められるためには、一定件数の知的財産権を所有しなければならないのですが、これも中国出願人による特許出願を促進する一因になっているといわれています。

 また、地方政府や大学が、成果として出願件数を争っていることも出願件数増加の一因のなっているといわれています。

 しかしながら、このような助成・奨励制度に依存したお金のばらまきによる特許出願の促進は、無責任な特許出願の増加につながり「出願のための出願」になる虞があります。また、活用を伴わない特許出願に使われた助成金、奨励金は、地方政府主導による特許バブルの温床にもなり、他の不良債権と同様に将来的に地方政府の財政に悪影響を及ぼすことが懸念されます。

 したがって、「中国は特許大国になりうるのか?」という問題については、特許出願助成・奨励制度がなくなった後、中国が特許出願の「量」から「質」へとうまく移行できるかどうか、これがポイントになるように思います。

日本企業の中国特許対策はどうすれば?

 一方、日本企業の中国特許対策の面から考えると、このような特許出願助成・奨励制度、ハイテク企業認定制度は、外資系の企業であっても多くの地域で当該地域に登記されていれば適応を受け得ます。したがって、中国子会社の特許出願については、日本企業も特許出願助成・奨励政策を積極的に活用し、現地で開発した技術または現地化製品に関わる技術について、シンプルな明細書で出願件数を稼ぐことも考えられます。また、このような方法は、現地スタッフの知財に対する意識を高めるのにも役立ち、人材育成の面においてもメリットがあると思われます。

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