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» 2013年09月02日 11時00分 UPDATE

小寺信良が見たモノづくりの現場(7):現場の発想を即決実行! 三菱電機ホーム機器が高級白物家電で連勝する秘密 (1/4)

総合電機メーカーとして存在感を築く三菱電機。重電分野などが強いが、意外にも高級白物家電では“尖った”製品でヒットを連発している。そのモノづくりの現場は“人”を中心とし、自発的な発信が飛び交う自由闊達(かったつ)なものだった。小寺信良が報告する。

[小寺信良,MONOist]
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 三菱電機といえば、国内でも有数の総合電機メーカーである。特に産業用ロボットなど設備系で強く、工場などに行けば三菱のマークを見ずに済むことは少ないだろう。一般家電製品についてもかなり幅広い範囲をカバーし、キッチン家電、生活家電、空調などの分野で製品を出し続けている。三菱電機の家電がユニークなのは、独自発想による製品開発で、成熟が進んだジャンルを数々再生してきたことだ。



“枯れた”製品ジャンルを再生

 三菱電機の製品で記憶に新しいのは、本炭釜を採用した高級ジャー炊飯器

だ。どの家庭にもある、“枯れた”製品ジャンルにもかかわらず、10万円を超える超高級機が品切れ続出の大ブームを作った。その後に出したIH炊飯器も大ヒットとなったが、赤くて四角い炊飯器というデザインには驚かされたものだ。これらのヒットにより、成熟した炊飯器市場の構造を大きく変える原動力となっただけでなく、今では“カッコよくオシャレ”なキッチン家電を作るメーカーとしての認知度も高まってきている。

 そんな三菱電機の家電製品のうち、キッチン家電や家事家電、空質アメニティ家電を担当するのが、三菱電機ホーム機器である。三菱電機100%子会社の“単なる工場”と見られがちだが、ここはただの製造工場ではない。早い時期に三菱電機本体から分離・独立した株式会社で、市場調査に始まって、製品企画、設計、開発試験、製造、販売、アフターサービスまでを一貫して手掛けている。

 成熟を打破するモノづくりの秘密はどこにあるのだろうか。今回はこの三菱電機ホーム機器の、埼玉県深谷市にある本社工場を見学させていただいた。

埼玉県深谷市にある三菱電機ホーム機器 埼玉県深谷市にある三菱電機ホーム機器

プロレスのリングを掃除する「風神」

 三菱電機ホーム機器が、親会社である三菱電機から独立したのは、1984年。手掛けるキッチン家電、掃除機などの家事家電製品はコンシューマに最も近い分野であり、市場に合わせたスピード感が求められる。本社で決定までハンコが10個20個いるようでは、到底勝てない。機動力を持った会社にしていこうという狙いで、まだバブル前という早い時期に独立を果たした。

 敷地内の展示ルームには、過去の製品が展示されている。三菱電機自体が歴史の長い会社であるだけに、見ているだけでも楽しい。展示されている中で最も古いのは、1923年(大正12年)に発売された、業界初とされる電気釜である。電気釜というより、見た目は電気鍋だ。型番の「NJ」は、いまだに三菱電機の炊飯釜の型番として使用されており、なんと90年もシリーズが続いていることになる。

 また、筆者が子どもの頃の記憶に残るのは、赤くて四角い掃除機だ。昭和40年代、当時全盛を誇った日本プロレスの中継で、メインイベントの前にリング上を掃除していたのが、三菱電機の赤い掃除機「風神」であった。

 これはたまたま採用されたわけではなく、当時日本プロレスのスポンサーが三菱電機の1社提供であったことから、生コマーシャル的な意味合いで使われていたわけだ。当時はデモンストレーションとして多大な効果があったことだろう。

業界初とされる電気釜三菱の赤い掃除機「風神」 大正12年に発売された電気釜(左)と日本プロレスのリング上を掃除していた「風神」(右)(クリックで拡大)
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