未来は予測できないから、何でも作れるようにする! FabLab流の教育とビジネス観Fab9実行委員長 田中浩也氏インタビュー(3/4 ページ)

» 2013年10月11日 13時25分 公開
[高須正和/ウルトラテクノロジスト集団 チームラボ,MONOist]

学会でもビジネスショーでもないので――スポンサー企業のスタンス

高須 (2012年開催の)Fab8までの世界FabLab代表者会議と比べて、今回、特徴的なエピソードはありましたか?

田中 ローランド ディー.ジー.や富士通といったスポンサー企業の20代の社員が、先ほどの“天才・ロシア少年”などと一緒に、夜遅くまでSuper FabLabで楽器作りをしていました。最初、スポンサー企業の展示スタッフとFabLabマスターとの間で垣根があった感じなのですが、1週間でなくなっていました。短期留学に似ているのでしょう。スポンサー企業の社員たちの顔がどんどん変わっていくのが分かりました。

 「スポンサー企業からの参加者とFabLabマスターが、同じ目線で交流していた」というのは、FabLab代表者会議では初めてのことかもしれません。Fab8までの代表者会議では、企業展示が参加者にあまり受け入れられていない様子を見てきました。

 今回のFab9ではスポンサー企業に対して月1回「ビジョン・シェアリング・ミーティング」を行い、

「ここは学会でもビジネスショーでもないので、単なる展示ではなくて、情報共有や参加を促すようなかかわり方をしてほしい。でないと、参加するFabマスターにとって“受け入れづらい”ブースになってしまうから」というお願いをしました。

 実際、“単なる製品展示”という企業ブースはほとんどありませんでした。企業によっては自社製品とは関係なく、「社員が趣味で作ったモノ」まで出展していました。結果、参加者に非常に受け入れられていました。ある企業は、参加者に配られたお土産に「自社製品をハックするための制御用コード」を入れていたんですよ。これは、「ハッカブル(ハックしやすい、改造しやすい)な製品を作ろう」という意思の現れですよね。

企業展示の釣りゲームに興味津々のFabLabマスターたち

田中 製品によっては、ハードの性能はすごくよいのに、コンピュータ制御のソフトの評判が悪かったりします。なのでFabLabでは、皆が独自のソフトを作って制御するみたいなことが行われてきました。今の時代にビジネスで大成功するには、ハードやソフト、Webとの連動まで、全て完璧に設計する必要があります。

 米Appleみたいに「全てのユーザー体験をコントロールしたい」と考えて、製品全体を1社で設計して成功している企業もあります。でも、多くの企業は得意不得意があります。自社が得意な一部分だけに集中して、他はユーザーコミュニティーに任せるという、Appleとは違う“成功の形”が出てくるはずです。今回の制御用コードの話は1つの答えではないでしょうか。

 「大量生産の時代」から、各人が自分で欲しいモノを作る「パーソナルファブリケーションの時代」に向かって世の中が変わっていく流れは止められないでしょう。その中で、「モノづくりビジネスはどの方向に変わっていけばいいか」という明確な答えを持っている人は、僕らを含めて誰もいません。これからも模索していかなければならないのです。

 特に「製造業とサービス業」「ITと町工場」、といった従来の線引きや分断をいったん疑って掛かり、いかにして異業種をうまくつなぎ合わせていくかを考えなければいけない時代です。そういった“異種混合”は、どちらかというと、フットワークの軽い個人の方が率先して実験しやすいと思います。そのような挑戦により開拓していく道筋の先に、次に企業が目指すべき方向がおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。

 今回のFab9で、FabLab関係者と企業参加者の「濃密な共通体験」を作れてよかったと思います。今回の体験の上に、今後も議論を積み上げていきたいですね。

FabLabの拡大と教育

高須 FabLabの数は年々倍増していて、ネットワークの拡大がますます印象づいています。

田中 確かに、FabLabのネットワークは年々拡大していますが、「1年で2倍」というレートは、それほど爆発的に増えているわけではなく、むしろ堅実な成長といえると思っています。決して、指数関数的には増えていません。ここのところの3Dプリンタのブームで、一気に世間がFabLabに注目したので、たまに誤解されますが。これまでのやり方を変え、急に拡大したいと思っているわけでもありません。

 FabLabが増殖する仕組みは「のれん分け」に近いのです。「1年で2倍」というのは、「新しいFabLabを運営したい」と考える人が、自発的に集まるスピードなのだと思っています。このスピード感は、不思議とFabLabのいろいろなところで相似形が見られます。例えば、日本のFabLabが増えるスピードも1年でほぼ2倍に、日本からのFabLab代表者会議参加者数も1年で2倍に、など……。

 このぐらいの堅実な成長が一番だと、FabLabの皆が思っているのではないですかね。FabLab代表者会議にいると、「急なムーブメントの拡大」というのは、感じないのです。愉快だけど「地に足の着いた」テーマや目的を持っている人たちがそこに集まってきます。「何となくやっている」という人はちょっと見たことがないのです。

 毎回FabLab代表者会議を開くたびに、FabLabを作る国が増えてきていて、もはや「どの国にもFabLabがある」という状態に近づいています。「FabLabの数が爆発的に増える」ということよりも、「世界中の国に、ほぼ満遍なく“最初のひとつ”のFabLabを始めたいと思う人がいる」ということの方が、僕にはすごいことのように思えます。「モノを作りたい」という気持ちは、人間としての普遍的なことなのでしょう。

 新興国のFabLabは、必要なモノを作る方法をどんどん開発しています。一方、先進国のFabLabは今までのやり方を考え直して、新しいモノを考えようとしています。もちろん、すぐに成果が出るわけじゃないけれど……、新しい形の教育や、新しい形の産業を作ろうとしているのです。中でもロシア、スペイン、アメリカ、フランスなどは、行政が積極的にFabLabを推進しています。20世紀型社会のシステムが今、課題に直面していて、変わらざるを得ない国がFabLabに注力しているみたいです。

 スペインは若者の就職率が相当低いので、社会全体が新しい可能性を模索していて、FabLabに賭けようとしている節さえあります。例えば、職のない若者がFabLabに通って、クラウドファンディングサービスの「Kickstarter」にプロジェクトを出し、ビジネス化するような。イギリス マンチェスターのFabLabも同じ感じですね。

 もう1つ、先進国はどの国も、高度成長期が終わり、社会が成熟してきたことで、“理系離れ”が起きてモノづくりに興味を示さない若い人が増えてくるという問題を抱えています。ですが、かつてのインターネットの登場みたいに「新しいモノが登場して、社会を変える」ようなイノベーションは、エンジニアが中心になってやらないと起きないわけです。

 ただ、そのような状況で、これまでの「積み上げ式」教育をしていても理系離れは止まらないでしょう。そこで、「これが作りたい!」という思いをきっかけにして、「それを作るためにはこの知識とこの知識が必要」といった具合に、必要な知識を逆算して吸収し、オンデマンド、ジャストインタイムで教える、「目的から入る」技術教育プログラムが、今注目されています。

 ゴールが分からないままに基礎知識を積み重ねるのではなくて、「面白い!」と思えるモノを作ることをゴールに、好奇心を持って知識を連鎖的にさかのぼりながら習得していく。FabLabは、まさにその仕組みそのものなので、ここ10年は「STEM (Science、Technology、Engineering、Math)」教育の流れにも乗って伸びてきたという面もありました。

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