生産の海外展開に成功するカギ――工場立地を成功させる20の基準とは?いまさら聞けない「工場立地」入門(1)(1/3 ページ)

海外工場立ち上げに失敗するケースは約3分の1にもおよび、その多くの理由が「立地」によるものだという。しかし、製品開発やサプライチェーンマネジメントについての議論は数多くあるが、なぜか「工場立地論」はほとんど聞くことがない。そこで本稿では、長年生産管理を追求してきた筆者が海外展開における「工場立地」の基準について解説する。

» 2014年06月16日 11時00分 公開

海外展開の成功確率は68%

工場立地

 知り合いの技術者 K氏と、久しぶりに空港でバッタリ出会った。以前、生産管理についてアドバイスをしたことがある人だ。最近の消息を尋ねたら「3年ほど、海外の子会社に行っていました。工場の立ち上げで、すごく大変でしたよ」と言って、以前より日焼けした顔をクシャクシャにして笑った。人なつこい笑顔は変わらないが、言葉や物腰に少しだけ風格が増した感じだ。苦労もあったようだが、成長されたのだろう。海外経験のチャレンジは、技術系人材を鍛える、またとないチャンスでもあるのだ。

 経済産業省(経産省)の統計によると、日系製造業における海外生産比率は、約2割だという。リーマンショックで減速した年もあったが、基本的には増加傾向にある。それだけ、日本企業のサプライチェーンのグローバル化が進展しているわけである。昔は、海外事業といえば大企業だけだったが、2000年代以降、中小製造業の進出も増えている。政策投資金融公庫の調査では、中小企業でも16%が何らかの形で海外展開をしているという。さらにそのうち、生産のための現地法人を保有するのは5.5%だった※1)。今や20社に1社は、海外に工場を持っている時代である。

※1)竹内英二「海外展開は中小企業にどのような影響を与えるか」政策投資金融公庫 調査月報 2013年4月 No.55による

 しかし、海外進出にはK氏の例のような明るい話ばかりがあるわけではない。東海地方の製造業に詳しいコンサルタント S氏から聞いた話では、得意先である大手企業の海外移転に誘われる形で付いて行った3次・4次下請の中小企業が、海外工場の立ち上げに奮戦するも失敗したケースをいくつか見たそうだ。何年後かに撤退して日本に戻るのだが、その時には既にもはや国内事業を再び盛りかえす体力も失った状況だったという。そこまでひどい状況ではなくても、国内では生産も販売も好調なのに、海外子会社の赤字で会社全体の業績が低下したというニュースを見掛けることも多い。

 それでは、海外展開で成功する確率はどれくらいあるのだろうか? 前述した政策投資金融公庫の調査は以下の通りだ。

  • 「予想以上の成果を上げている」 = 17.0%
  • 「予想通りの成果を上げている」 = 41.2%
  • 「予想したほどの成果は上がっていない」 = 26.8%
  • 「投資して間もないので評価できない」 = 15.0%

 このうち、「評価できない」を母数から引くと、成果が上がっていると答えた企業の割合は約68%である。逆にいうと失敗のリスク確率は32%もあるのだ。同じ調査月報でも指摘されているように、海外直接投資は、ハイリスク・ハイリターンの形態なのである※2)

※2)丹下英明「海外に生産拠点を持たない意義」政策投資金融公庫 調査月報 2013年4月 p.19

海外生産に成功するカギは「立地」にある

 生産の海外展開がハイリスクな事業である以上、そのKey Success Factor(成功要因)が何であるか、あらかじめ計画段階からよく考えておかねばならない。

 経産省の「海外展開成功のためのリスク事例集」(中小企業海外展開支援関係機関連絡会議 平成25年6月)という資料には、海外展開で直面する事業リスクの表があり、企業へのアンケート集計結果が掲載されている。図1は、これを基に筆者が作成したグラフである。

 これによると、上位5項目は、以下のようになっている。

  1. 人件費の上昇
  2. 為替の変動
  3. 現地人材の育成・労務管理
  4. 法規制の複雑さ・不透明さ
  5. 政情不安・自然災害
海外展開で直面する事業リスク 図1:海外展開で直面する事業リスク

 考えてみれば分かる通り、これらはいずれも「どの国のどの地域に工場を立地するのか」で決まる項目なのである。上記のアンケートで、立地に依存するリスク項目と、そうでない項目とを分けて集計すると「リスクの約8割は立地で決まる」という結果になる。まさに適切な「立地」こそ、海外生産に成功するカギなのだ。

 ところが、製造業の経営に関連して、製品開発やサプライチェーンマネジメント(SCM)についての議論は数多くあるが、なぜか工場立地論はほとんど聞くことがない。参考書も限られており、生産管理学の盲点に近い状態だ。

 そこで、本項では4回にわたり、日本企業にとって「工場立地を決めるための視点と方法」について紹介したい。今回はまず、立地決定の基準について解説する。続いて、第2回と第3回は、立地対象としてのアジアと北米を評価する。最後の第4回は、立地としての日本を論じ、全体をまとめる予定である。

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