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» 2015年07月23日 11時00分 UPDATE

クルマから見るデザインの真価(5):2つの「YAMAHA」がデザイン交流する理由――両デザイン部門トップに聞く (1/4)

楽器のヤマハが乗り物、乗り物のヤマハ発動機が楽器という形で、それぞれのデザイン部門がアイテムを交換してデザインする「project AH A MAY(プロジェクト アーメイ)」が話題になっている。両社はなぜこのような形でデザイン交流を始めたのだろうか。両デザイン部門のトップに話を聞いた。

[林田浩一/林田浩一事務所,MONOist]

 ヤマハ株式会社(以下、ヤマハ)とヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)の『2つのヤマハ』がお互いを鏡のように見立てたデザインプロジェクト「project AH A MAY(プロジェクト アーメイ)」の日本でのお披露目が、2015年7月3〜5日の間、六本木ヒルズ大屋根プラザにて、「Two Yamahas, One Passion〜デザイン展2015〜」の目玉として紹介された(関連記事:2つの「YAMAHA」デザインが1つの情熱に、風神雷神も舞う)。

 楽器のヤマハが乗り物、乗り物のヤマハ発動機が楽器という形で、それぞれのデザイン部門がアイテムを交換してデザインするという試みと聞いただけでも興味津々である。イベント会場で、ヤマハの川田学氏(デザイン研究所 所長)と、ヤマハ発動機の長屋明浩氏(執行役員 デザイン本部 本部長)の両ヤマハ・デザイン部門を率いるお二人に、project AH A MAYについてお話を伺った。その模様を今回と次回の2回にわたってお届けしたい。

ヤマハの川田学氏(中央)とヤマハ発動機の長屋明浩氏(右)にインタビューする筆者の林田氏(左) ヤマハの川田学氏(中央)とヤマハ発動機の長屋明浩氏(右)にインタビューする筆者の林田氏(左)

「project AH A MAY」はファーストコンタクトから始まった

 project AH A MAYは、川田氏と長屋氏の「ファーストコンタクトから始まった」という。プロダクトデザインやクルマの開発に関わっていない方はご存じないかもしれないが、ヤマハ発動機のデザイン部門の歴史はまだ浅い。子会社を吸収する形で社内部門としてデザイン本部を設立したのが2012年なので、まだ4年目の若い組織なのだ。

 そして長屋氏がデザイン部門のトップとしてトヨタ自動車から移籍したのが2014年。移籍してヤマハ発動機の中に入ってみると長屋氏には驚きがあったそうだ。「それまではヤマハという同じブランドを持つ2社は、互いに交流を盛んにして業務を推進しているのだろうというイメージを抱いていた。しかし、全くそうではなかった」(長屋氏)。

 両社が手掛ける事業領域が異なるのだから、業務効率を考えるとごく普通のことではある。「でも、外の人から見たら同じYAMAHAだよね? だったら一緒に何かやってみたい」(同氏)と、表敬訪問で初めて川田氏のもとに訪れる前から長屋氏は考えていたという。

 一方、ヤマハ発動機のデザイン部門より歴史の長いヤマハのデザイン研究所でも、アイデンティティーを問う活動が続いていると川田氏も語る。日本中のブランドが「ちょっと便利でそこそこ安い」というものでは、今や通用しないという状況になっている。そこで「自分たちのアイデンティティーとは何か?」と、ただ自問しているだけではなかなか見えてこないので、他流試合のような感じで外に発信しながら行うようにしているという。これまで「ミラノサローネ」などにも出展していたが、ヤマハ発動機というもっと身近な相手と何かやってみることにも意識が向いていたそうだ。

ヤマハ(左)とヤマハ発動機(右)の企業ロゴ ヤマハ(左)とヤマハ発動機(右)の企業ロゴ。イメージカラーはヤマハが紫、ヤマハ発動機が赤で、「M」のロゴデザインも少し異なっている 出典:ヤマハ、ヤマハ発動機

 互いにそのような考えを抱いていたこともあり、二人のファーストコンタクトの時点でproject AH A MAYが始まったのは自然な流れだったようだ。それぞれのアイテムを交換してデザインを行い、互いのデザインの内容を途中の段階で見せ合わないことも、最初に決まったという。それは「互いを信頼し合う同士のセッションのようなもの」と川田氏は表現する。だから両者がワクワクすると。

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