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» 2015年07月24日 16時00分 UPDATE

デジカメ界の異端児カシオ:「QV-10」発売から20年、カシオのカメラは「技術競争に興味ナシ」 (1/2)

カシオ計算機が1995年に発売した世界初の液晶付デジタルカメラ「QV-10」。発売から20周年を記念し、同社のカメラ史を振り返る対談イベントが行われた。

[與座ひかる,MONOist]

 カシオ計算機(以下、カシオ)は2015年7月22日、同社のデジタルカメラ(以下、デジカメ)1号機「QV-10」発売から20周年を記念した対談イベントを東京・渋谷区の本社にて行った。

 同イベントには「QV-10」の開発者である末高弘之氏(現OPCOM Japan代表取締役社長)、カシオ計算機 執行役員の中山仁氏、進行役にデジタルメディア評論家 麻倉怜士氏が登壇し、QV-10を発売した1995年から現在まで20年以上にわたるカシオのデジカメ史を振り返った。

左から麻倉怜士氏、末高弘之氏、中山仁氏 左から麻倉怜士氏、末高弘之氏、中山仁氏

カメラを"コミュニケーションツール"にした「QV-10」

 「QV-10」は世界ではじめて液晶モニターを搭載したデジカメだ。1年で20万台を売り上げる大ヒットとなった機種で、「撮った画像をその場で人に見せることができる」「不要な画像の消去ができる」「PCへの取り込みが行える」……など、現在のデジカメにとって"当たり前"の機能を産み出し、業界に大きな影響を与えた。

 「カシオは他社がやらない"人と人をつなぐ"コミュニケーション目線のカメラを初めてつくった会社。当時はQV-10を持っているだけで、『私を撮って!』と多くの女性に声をかけられた」と麻倉氏は当時を振り返る。

「QV-10」の概要スライド 「QV-10」の概要スライド(クリックで拡大)
イベント内では「QV-10」のスケルトンモデルも展示された イベント内では「QV-10」のスケルトンモデルも展示された(クリックで拡大)

 歴史に残る機種として語り継がれるQV-10だが、当初は「カメラ付テレビ」として開発を進めていた。カシオはQV-10以前にもデジカメ開発を進めていたが、その取り組みがことごとく失敗。社内からの風当たりが強く「デジカメを作る」とは言いだせなかったのだ。しかし、その失敗から得たノウハウがQV-10を産み出すこととなる。

QV-10開発秘話、「2つの失敗作」

 QV-10開発を支えた1つ目の失敗作は、1987年発売のカシオ初代電子スチルカメラ「VS-101」。フロッピーディスクを保存媒体に採用したアナログ記憶の機種だ。「フィルム不要で、枚数を気にせず撮影でき、テレビにつなげて確認できるカメラを作りたかった」(末高氏)。このコンセプトはQV-10まで受け継がれることになる。カシオも力を入れて販売したが、ビデオカメラほどの大きさなどの理由から売上は振るわなかった。「ここでカメラ事業はダメかもという空気になった」(末高氏)。

電子スチルカメラ「VS-101」。価格は12万8000円だった 電子スチルカメラ「VS-101」。価格は12万8000円だった(クリックで拡大)

 しかし、VS-101のコンセプトを捨てられず、もう一度挑戦したのが試作機「DC-90」。動作時の温度が90℃、重量が2.75kgあったことから通称「熱子(あつこ)」・「重子(おもこ)」と呼ばれた。

熱くて重い試作機、「熱子」「重子」 熱くて重い試作機、「熱子」「重子」(クリックで拡大)

 発熱対策のためファインダーを排してファンを取り付けたため、ファインダーがないことが欠点となってしまった。「ならばポケット液晶テレビをモニター代わりにしようと考え試したところ、"その場で画像が見られる"楽しさに気がついた。また、CPUのデバッグ作業のため画像データをPCに入れて動作確認をしている途中、PCで画像を扱う時代が来る! というひらめきがあった」(末高氏)。この経験がQV-10の液晶モニター・PC接続機能搭載のきっかけとなったという。

対談イベントの様子 対談イベントの様子(クリックで拡大)

 VC-101のコンセプト、熱子・重子でのノウハウを取り入れ、開発が始まったQV-10。「"新しいビジュアルコミュニケーションツール"をキーワードに、デジタルを使って世の中にない面白いものを作ろうと突き進んでいた」(中山氏)。

当初の「カメラテレビ」の企画案(クリックで拡大) 当初の「カメラテレビ」の企画案(クリックで拡大)
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