アウディとBMWとダイムラーが3社連合でHEREを買収した理由自動運転技術(3/4 ページ)

» 2015年08月07日 09時00分 公開
[桃田健史MONOist]

HEREの強みとは何か

 HEREの事業の柱は、デジタルインフラストラクチャの構築だ。この分野で競合するのは、旧Tele Atlasを傘下に収めているオランダのTomTom、そしてGoogle MapやGoogle Earthなどを展開するGoogle(グーグル)だ。また地域限定となると、市場規模の大きな中国において、百度や、AutoNavi(高徳)を買収したAlibaba(阿里巴巴)、InfoNav(四維図新)の大株主であるTencent(騰訊)の存在感が増している。日本市場では、ゼンリンとパイオニア子会社のインクリメントPがビック2である。

NVIDIAと共同開発を進める3Dマップのさまざまな表現方法。「2015 International CES」での展示 NVIDIAと共同開発を進める3Dマップのさまざまな表現方法。「2015 International CES」での展示(クリックで拡大)
HEREが作成するスマートフォン用の地図アプリ HEREが作成するスマートフォン用の地図アプリ。車載情報機器との連携に優れている(クリックで拡大)

 しかし、これらの競合と比べてもHEREの存在は「別格」である。

 その理由は、HEREが、自動車メーカー各社との直接的なつながりが極めて強いところにある。

 表面的に見れば、HEREの強みは、実データの集積能力にある。現在、約150台の車両を使って、米国や欧州などの世界主要各国でHD(高精度)マップ作成のためのデータ収集を行っている。車両のルーフ部分に高さ2mほどの柱を立て、その上部に米国のレーザーレーダー(通称ライダー)「HDL-32E」を搭載。さらに車両の前後左右4方向を撮影するための車載カメラも搭載している。助手席にある容量2Tバイトの機器にデータを集積しながら走行する。

HDマップ用のデータを収集するHEREの車両。Velodyneのライダーと撮影用のカメラを搭載している HDマップ用のデータを収集するHEREの車両。Velodyneのライダーと撮影用のカメラを搭載している(クリックで拡大)

 これほどの規模で、HDマップ用の実データを集めている企業はない。2015年7月下旬、ボッシュがTomTomと連携しデジタルインフラストラクチャへの取り組みを強化するという発表があったが、同分野への投資額ではHEREがTomTomに優っているはずだ。

 さて、話を「HEREと自動車メーカー各社との直接的なつながり」に戻そう。

 HERE本社を取材した際、自動車から得られるさまざまなデータを集積してビックデータとして解析する部門で詳細な説明を受けた。そこで提示されたデータの量と詳細さに、筆者はとても驚いた。これについて、HEREの幹部は「各自動車メーカーとの直接契約の中で、車両からの詳細情報を得ている」と語った。

 この証言の裏を取るため、各自動車メーカーでテレマティクス分野に詳しい関係者に話を聞いた。すると複数人から「旧NAVTEQ時代に交わした契約条項を更新する中で、ビックデータの提供に関する“拡大解釈”が可能になったのではないか」というコメントがあった。

 つまりHEREは自動車メーカーとの個別契約で、CAN(Controller Area Network)通信などを通じて得た車両の走行データを収集する権利を持っているのだ。これがHEREの強みである。と同時に、自動車メーカーからすれば、「HEREはビックデータを知り過ぎている」という危機感があるはずだ。

 またHEREは、ドイツのContinentalと連携したデータ収集システム、「eHorizon」の構築も進めてきた。これはBMWが量産車のほぼ全てに搭載しており、2015年からはクラウドを介してのデータ収集が可能になっている。

Continentalと開発を進めているビックデータの解析サービス「eHorizon」 Continentalと開発を進めているビックデータの解析サービス「eHorizon」(クリックで拡大)

 このように、HEREには、現状で自動車メーカー各社の車両走行に関する情報が集約されている。これを1社だけで買収するとなると、当然、独占禁止法に抵触することになる。そのため、HEREとの関わりが強いドイツの自動車メーカーが共同で買収するという“建前”が必要になったわけだ。

 EU(欧州連合)の欧州委員会は2015年4月、Googleに対してネット検索に関してEU競争法(独占禁止法)に違反するとして異議書を送っている。ドイツの自動車メーカーとしてはこれまで、EUや米国の政府とHERE買収の正当性に関して水面下で意見調整をし、Googleの二の舞にならないよう活動したに違いない。

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