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» 2015年08月17日 07時00分 UPDATE

inrevium杯 第15回レスキューロボットコンテスト:レスキューロボコン、優勝チームは競技の枠を超え「もし、現場だったら」を考えた (1/4)

レスキュー活動開始!指令を受けたロボットが路上のガレキを押しのけ、要救助者の下へと急行する――。今回で15回目を迎えた「レスキューロボットコンテスト」の様子を、過去15年を振り返りながらお届けする。

[三月兎,MONOist]

第15回目を迎えたレスキューロボットコンテスト

 ここは、国際レスキュー工学研究所。「レスキュー活動開始!」の指令が下ると、ロボットベースから、次々とレスキューロボットが出動していく。目指すのは、大震災で被災した街中だ。要救助者を素早く安全に救出せよ!

 ――という設定で、2015年8月8日〜9日の2日間、神戸サンボーホールで災害救助ロボットの大会「inrevium杯 第15回レスキューロボットコンテスト」(以下、レスコン)が開催された。今大会には、各地から25チームの応募があり、同年6月に関東と関西で行われた予選を通過した14チームが本選に出場した。

 本稿ではレスコンの15年間を振り返りながら、今大会のレスキュー活動報告をする。

photo 各チームのアイデアをこらしたロボットが、ガレキを除去し救助活動を行う

 レスコンの起源は、1995年に発生した阪神淡路大震災にある。当時の世の中には、レスキュー工学という概念はまだなく、被災した街での救助活動は、全て人力で行われた。サンダーバードのようなスーパーメカが空を飛んでやってきて、鮮やかに救助活動をしてくれるなんて、ただの夢物語だった。

 「誰かが本気で開発しないかぎり、レスキューロボットはいつまでたっても空想物語でしかない」。関西在住の大学研究者が中心となり、ロボット工学と防災工学を融合した「レスキュー工学」を提言。国際レスキューシステム研究機構(IRS:International Rescue System)を2002年に設立した。

 レスコンは、この流れの中から派生したコンテストである。レスキューロボットが実現するまでには、長い年月が必要となる。若手研究者の育成は不可欠だ。高校生、大学生が自発的に取り組む課題としてロボットコンテストを企画した。コンテストを通じ、一般観客に防災減災の啓蒙を行う意味もある。2000年に大阪でプレ大会を開催。翌2001年に12チーム参加で第1回大会が行われた。

 当初平面だったフィールドは第6回から高台が設けられ、2チームが同時にレスキュー活動をするようになった。チーム間で情報交換しながら協力してミッションを達成する場面も生まれた。要救助者役の人形(公式愛称:ダミヤン)は、四角く固いボディからより人間に近い丸みを帯びた柔らかい素材に変わった。身長や体重、胸につけたマーカーや目のLEDの点滅パターン、音声の周波数でそれぞれに個性を持つキャラクターとなった。

 2013年に初の東京予選が開催。2015年の東京予選には、初参加の会津大学 コンピュータ理工学部「IPL0x14」を含め5チームが参加した。

 2015年1月には、一般社団法人 R×Rコミュニティーを設立。「技術を学び 人と語らい 災害に強い世の中をつくる」を理念とし、科学技術者の人材育成と防災・減災に係る科学技術の裾野を広げることを目指す。これまでどおりレスキューロボットコンテストを開催するほか、講演会・研修会等を開催、研究者・技術者・ボランティアの育成を行う。

 阪神淡路大震災から20年が経過し、神戸の街から震災の傷跡は消えた。けれど、「減災防災の意識を薄れさせてはいけない」と、レスコンに参加する学生達は口々に言う。今、レスキューロボットの開発や減災防災に対する意識が一番高いのは、関東・東北に暮らす方々だろう。今後、関東地区からのレスコン出場チームが増えることを期待したい。

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