変革する自動車のCFRP技術、オートクレーブ成型は5年以内に消える!?ランボルギーニ 先進素材開発センター潜入レポート(1/4 ページ)

ランボルギーニのACRC(先進素材開発センター)にモータージャーナリストの西川淳氏が潜入取材。ACRCトップのルチアーノ・デ・オト氏によれば、短繊維を使って短時間で成型できる「フォージドコンポジット」成型の採用が広がり、これまで広く利用されてきたプリプレグオートクレーブ成型は5年後には消えてなくなるという。

» 2016年09月12日 10時00分 公開
[西川淳MONOist]
ランボルギーニが1983年に制作したCFRP製のボディー&シャシーを持つワンオフのプロトタイプモデル「カウンタック・エヴォリューション」 ランボルギーニが1983年に制作したCFRP製のボディー&シャシーを持つワンオフのプロトタイプモデル「カウンタック・エヴォリューション」 出典:ランボルギーニ

 イタリアのAutomobili Lamborghini(アウトモビリ・ランボルギーニ)がCFRP(炭素繊維強化樹脂)に向き合ってきた歴史は、意外に古い。CFRPが初めてF1マシンに採用されたのが1980年代初頭のこと。ランボルギーニは1983年、CFRP製のボディー&シャシーを持つワンオフのプロトタイプモデル「カウンタック・エヴォリューション」を製作したのを皮切りに、1990年代の「ディアブロ」以降、「ムルシエラゴ」「アヴェンタドール」と続く12気筒ミッドシップのフラッグシップ・スーパースポーツモデルに、当時の持てるCFRP技術を積極的に投入して続けてきた。

 特に、1999年になってAudi(アウディ)グループ傘下に収まってからは、CFRPに代表されるコンポジット素材の研究開発に一層拍車が掛かっている。

 現在、ACRC(先進素材開発センター)と呼ばれる部署が、ランボルギーニにおける先進素材研究の中枢である。ルチアーノ・デ・オト(Luciano De Oto)氏率いるACRCは、研究開発から各種の試験、設計、試作、テスト、生産計画、リペア(修復)、リサイクルまで、先進素材に関する全てのテクノロジーの包括的な進化に取り組んでおり、ランボルギーニのみならずアウディグループ全体にとって最も重要な部門の1つだと言っていい。

ランボルギーニの先進素材研究の中枢、ACRCの概要 ランボルギーニの先進素材研究の中枢、ACRCの概要(クリックで拡大) 出典:ランボルギーニ

ACRCに一日体験入部

ランボルギーニのルチアーノ・デ・オト氏 ランボルギーニのルチアーノ・デ・オト氏

 そんなACRCに1日体験入部してみないか、という誘いがランボルギーニの本社からきた。いわば秘中の秘というべき部署に潜入できるわけだから、これに優る幸せはないだろう。事実、体験入部したその日、誰もが憧れるランボルギーニのサンタガータ本社を訪れたにもかかわらず、人生で初めて、“クルマに乗らない、ミュージアムにも入らない、工場見学すらしない”と、完成車としてのランボルギーニを見ない1日となってしまった。つまり、朝から夕方5時までみっちりと、ACRC部員になって取材したのだ。

 まずは、ACRCのトップ、デ・オト氏のオフィスで、ランボルギーニ、そしてアウディグループを取り巻くコンポジット技術について全体的な講義を受けた。彼のオフィスは、R&D部門を取り仕切るマウリツィオ・レジアーニ氏のオフィスのさらに奥まった一角、15人の精鋭たちがデスクを並べるその先にある。デ・オト氏は大変な親日家で、日本の戦略的パートナーから届いたカードを大切にオフィスに飾っていた。「炭素繊維(カーボンファイバー)に関して、日本は最も重要な国の1つ。これからもパートナー関係を強化していきたい」、とデ・オト氏は語る。2016年9月16日に東京で開催される「ランボルギーニ・デイ」で、また大きな発表がありそうだ。

 ランボルギーニがCFRP技術のリーディングカンパニーと言っていい理由は、炭素繊維の民生利用が始まったばかりの頃、1980年代前半からその研究に取り組み、今では、研究開発から生産までを一貫して、自社工場の敷地内で行う“唯一の自動車会社”であるからだ。

 さらに、その研究開発の場面においては、Boeing(ボーイング)とのパートナーシップからも分かる通り、航空産業との密接な関係も重要な要素だ。例えば、BBA(ビルディング・ブロック・アプローチ)というボーイングと同じ開発手法をランボルギーニは採用している。

 このBBAは、素材片(クーポン)から構造品、組立品、構成品、完成品に至る各階層に厳密なゲート(数値目標など)を設け、それを1つ1つクリアしていくことで、結果的に、複雑さを増す上位階層に進むほど、プロトタイプ製作の数や試験数を減らせるというメリットがある。さらに、活用可能な知見が増え、開発精度も飛躍的に上がっていくというメリットもある。

CFRP利用におけるBBAの概要 CFRP利用におけるBBAの概要(クリックで拡大) 出典:ランボルギーニ

 クーポン時点での繰り返し実験など、一見、地味で単調な研究の積み重ねが素晴らしい成果を生むのである。さまざまな属性をもつ素材を自由に組み合わせることで、目標とする性能に理想的な組立品や構成品を新たに造ることができるという点こそ、コンポジット素材の大きな利点であるわけだから、BBAは実に適した開発手法というべきだろう。

 また、「フライングドクター」と呼ぶシステムを使ったCFRPのリペア技術において、ランボルギーニがドイツの認証機関TÜVなどの認定を受けた業界スタンダードを取得しているという点も見逃してはならない。局所的にダメージ受けた部位を修復するリペア技術は、前述したBBAの“裏返し”ともいうべき作業であり、構成するコンポジット素材の素性を一片に至るまで熟知しているからこそ、その最適な対症療法を見つけることが可能となった。加えて、ボーイングのサポートによる、衝撃時のシミュレーション技術の向上も、修復箇所のダメージ分析に多いに役立っているという。

ランボルギーニのCFRPのリペア技術を適用した例 ランボルギーニのCFRPのリペア技術を適用した例(クリックで拡大) 出典:ランボルギーニ
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