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» 2017年01月26日 11時00分 UPDATE

IPA/SEC所長対談:IoTは本物か?:坂村健×SEC所長松本隆明(前編) (1/3)

情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長の松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「所長対談」。今回は、30年以上前からIoT時代の到来を予見してユビキタス・コンピューティングを提唱してきた東京大学教授の坂村健氏に、IoTの今後の方向性や可能性について聞いた。

[MONOist]

本記事は、(独)情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)が発行する「SEC journal」44号(2016年3月発行)掲載の「所長対談」を転載しています(対談時期:2016年1月15日)。


 IoTという言葉があらゆるところで使われるようになっている。確かにIoTを活用すれば私たちの生活は非常に便利になるという期待もあるが、他方で、今は絶頂期でもやがて幻滅期に入るのではないかという見方もある。30年以上前からIoT時代の到来を予見してユビキタス・コンピューティングを提唱してきた坂村健先生に、IoTの今後の方向性や可能性についてお話を伺った。

TRONプロジェクトに集まる世界の評価

坂村健 坂村 健(さかむら けん)1951年生まれ。東京大学大学院情報学環教授、ユビキタス情報社会基盤研究センター長、工学博士。オープンなコンピュータアーキテクチャTRONを構築、デジカメ、携帯電話、家電などの組込OSとして世界中で多数使われている。ユビキタス社会実現のためIoTの研究を推進。2002年よりYRPユビキタス・ネットワーキング研究所長を兼任。著書に『ユビキタスとは何か』、『変われる国、日本へ』、『不完全な時代』、『毛沢東の赤ワイン』、『コンピューターがネットと出会ったら』など多数。2003年紫綬褒章、2006年日本学士院賞、2015年ITU150Award

松本隆明氏(以下、松本) 先生は昨年、ジュネーブの国際電気通信連合(ITU)本部で開催されたITU150周年記念式典で「ITU150周年賞」を受賞されました。おめでとうございます。

坂村健氏(以下、坂村) ありがとうございます。

松本 ITによって人々の生活向上に貢献したとして、ビル・ゲイツ氏などと共に世界で6名のひとりに選ばれたわけですが、どんなご感想をお持ちですか。

坂村 大変光栄なことで、TRONプロジェクトを支えてくださった多くの方に感謝したいと思っています。そもそもTRONプロジェクトは、30年余り前の1984年に始めたものです。勘違されている方もあるのですが、これは政府のプロジェクトではなく完全なドネイション、つまり私の考えに賛同して下さる方の寄付で成り立ってきたプロジェクトです。そういう方々のサポートがなければ、プロジェクトは始められなかったし、継続することもできなかった。30年間にわたってTRONを支えて下さったみなさんに心から感謝したいと思っています。

松本 先生が非常に早い時点で組込みシステムに着目され、独自のユビキタス・コンピューティングを提唱され開発されてきたことに改めて驚くのですが、当時はどういうことを考えていたのですか?

坂村 申し上げたように、私は1984年から組込みに注目していました。当時、大型コンピュータが米国のイニシアティブのもとに動いていましたから、新しいことをするには、まだ誰もイニシアティブが取れていない分野でやるべきではないかと考えたからです。当時はまだマイクロソフトもAppleも有名ではなく、大型コンピュータでIBMが全世界でシェア8割を独占していた時代です。マイクロコンピュータの世界は、まだ全く誰も覇権を取っていませんでした。また、80年代は日米の国力の差もまだ大きく、アメリカに正面から勝負を挑んでもとても勝ち目はなかった。そこでアメリカがあまりやってないところをやろうということで、マイクロコンピュータに集中し、組込みコンピュータの世界を研究フィールドにしたのです。更に、その頃はまだ全くポピュラーではなかったのですが、オープンアーキテクチャという、すべての技術情報を公開して、しかも私の場合にはフリーで出す、という哲学に基づいて研究を遂行してきたことが、良かったのではないかと思っています。

松本 当時はオープンにすること自体、かなり抵抗があったと思います。

坂村 国策のプロジェクトですべてフリーなどということは到底考えられませんでした。ですから民間プロジェクトでやらざるを得なかった。1980年代というのは、そういう時代でした。

松本 民間でも、それなりのビジネスとして成り立たせないといけない。やはりクローズにしたがる傾向がありませんか。

坂村 もちろんあります。しかし、企業は常にあらゆる可能性を考えていますから、その可能性の一つとして、私の言っていることに説得力があったのではないかと思います。基本的なインフラストラクチャーのところでお金を取るべきではないという考え方に関しては、企業を含めその当時も賛同して下さる方は多かった。とくに半導体を中心とした新しい分野のエンジニアは、多くの方が私のプロジェクトに賛同してくださったんです。それから、そのときにもう一つ私がしたことは、未来のビジョンを描くということです。単に、その当時のリアルタイムOSがどうあるべきかではなくて、もっと半導体の能力が上がっていった場合には、こういうことができるとか、ああいうことができるとか、それを色々と本に書いたりしていた。実は、ITU150年記念で、いわば「IoTの元祖」として高く評価していただいた理由のひとつは、1989年にヨーロッパのシュプリンガー・フェアラークという出版社から、TRON構想を書いた英語の本を一冊出していたからです。その中に、色々なものがネットにつながって相互に協調動作し合いながら、色々なシステムを作っていくという分散型システムが、マイクロコンピュータの発展と共にできるだろう、ということを書いていた。それが、欧米では広く知られていたからなんです。残念ながら、日本ではそれほど認知されていないのですが(笑)。

松本 先生が考案されていたユビキタスの世界というのは、正に今のIoTの世界ですね。

坂村 ITUの受賞式でもITU事務局長や関係者の多くが「IoTがここまで来ているのは、坂村が哲学的構想とビジョンと、それからTRONで、今でいうネットにつなげる色々なものをやろうとしていたからだ」と言ってくれました。

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