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» 2017年05月15日 10時00分 UPDATE

世界の鉄道の安全性向上に向けて第一歩:東急世田谷線で2017年6月から始まるカメラ×AIクラウド実証実験が見据える未来

踏切の監視カメラ映像を解析して異常を検知し、踏切事故を防ぎたい――。踏切事故防止を目指した実証実験が東急電鉄世田谷線で2017年6月からスタートする。踏切監視カメラの映像を低遅延かつ安定的に伝送するシステムの構築は困難を極めたが、LTE、AI(人工知能)クラウドを活用することで実用化のメドが立ちつつあるという。「このシステムが実現できれば、踏切事故だけでなく、世界中の鉄道の安全性向上に貢献できる」(東急テクノシステム)と期待を寄せるAIクラウドを活用した画像伝送システムに迫る。

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 東京都世田谷区の住宅地を走り抜ける東急電鉄世田谷線には、踏切が多数存在する。その中でも要注意箇所とされているのが、都内でも屈指の交通量を誇る幹線道路「環七通り」と交差する通称・若林踏切だ。

多くのクルマと人が往来する「環七通り」を横切る東急世田谷線若林踏切(東京都世田谷区)。交通整理は全て信号で行われ、警報機や遮断機がない (クリックで拡大)
歩道から見た若林踏切。住宅が死角を作り、車両からは踏切周辺の状況が見えづらいことが分かる (クリックで拡大) 写真提供:東急テクノシステム

 この若林踏切、クルマも、人も、そして電車も信号で交通整理する仕組みが採られ、警報機や遮断機がない。それ故、信号に気付かず、人やクルマが軌道内に入ってくる可能性がある踏切だ。その上、踏切直前まで住居が立ち並んでいるので運転士からは死角が多く、踏切周囲の状況把握が困難。「まさに人やクルマが飛び出してくる感覚。若林踏切は、運転士の怖さが拭えない要注意箇所。運転台から死角をカメラ映像で確認できれば、運転士の負担軽減、さらには安全運行が実現できるはずと常々、思っていた」と東急電鉄子会社・東急テクノシステムの成長戦略推進室課長補佐を務める長束晃一氏は語る。

 2017年6月。若林踏切の死角解消を狙った踏切映像伝送システムの実証実験が始まることになった。まずは関係者のタブレット端末に監視カメラの映像を伝送することからスタートする。「実証実験の結果が良好であれば、若林踏切の不安が解消されるだけでなく、日本全国、さらには世界の踏切事故防止にも役立つはず」と長束氏は期待を膨らませる……。


踏切事故防止に不可欠な映像伝送システムへの挑戦

東急テクノシステムは1940年に鉄道車両の改造、修理専門企業として創業後、鉄道、バス向け電気設備の施工、保守事業などへも進出。乗務員訓練用の鉄道シミュレーターの開発製造事業も手掛けそのシェアは国内屈指だ。

 東急電鉄をはじめとした各鉄道会社の電気設備の施工、保守などを手掛ける東急テクノシステムは、踏切事故防止を目指した踏切映像伝送システムの開発を進めてきた。踏切での安全を確保するシステムとしては、レーザーで踏切内への侵入を検知し、運転士に信号で知らせるシステムが存在するが、長束氏は「レーザー検知システムだけでは完璧ではなく、いくつかの課題がある」と指摘する。

 課題の1つが、侵入検知後の対処に時間を要することだ。現状、レーダー検知システムで侵入を検知し電車を踏切手前で止めるが、列車から問題の踏切は見えないケースがあるという。そのため、運転士は電車をいったん降り、踏切まで歩いて向かい安全かどうか確認してから列車に戻り運転を再開する。この確認作業には数分の時間を要し、定時運行の妨げになっているという。長束氏は「運転台で踏切のカメラ映像さえ確認できれば、確認時間を短縮できる」と踏切映像伝送システムの必要性を語る。

東急テクノシステム 成長戦略推進室課長補佐を務める長束晃一氏

 レーダー検知システムのもう1つの課題として長束氏は整備費用が高価な点を挙げる。「東急電鉄をはじめ都市部の鉄道の踏切でこそ、レーダー検知システムは普及しているが、地方鉄道では費用対効果が得にくく、整備が進んでいないのが実情だ。レーダーよりも安価なカメラと映像認識技術で検知、警告できるシステムがあれば、地方の踏切にも導入できる」とし、踏切映像伝送システムの構築を進めてきた。

 2015年には東急電鉄池上線の踏切を舞台に踏切映像伝送システムの実証実験にまでこぎ着けた。しかし、実証実験の結果は芳しくなく、実用化には至らなかった。

無線LANベースで実証実験も課題山積

 2015年当時のシステムは、踏切に取り付けたカメラ映像を2.4GHz帯の無線LANを使用し、周辺を走行する車両の運転台に取り付けられたタブレット型携帯端末に直接、映像を配信するシステム。「走行停止状態でこそ映像を100%受信できたが、走行中に受信できたのはせいぜい50%程度。送信した映像データは、640×480画素、フレームレートも15フレーム/秒(fps)と画像認識を適用するには不十分な仕様だったにも関わらず、伝送は安定せず、実用化には問題がヤマのようにあった」と長束氏は当時を振り返る。

2015年に実証実験を行うも本運用に至らなかった無線LANベースのシステム構成イメージ 出典:東急テクノシステム

LTEベースを模索するも……

 長束氏らは課題の根本原因は、混信の多い2.4GHzの無線LANにあると考えて、LTEを使用したシステム構築の検討を始める。「LTEは通信品質に優れる。LTEであれば、クラウド連携もしやすく、将来的には単純な映像伝送だけでなくクラウド上で高度な映像認識処理を行い運転士に警告を発するといった機能拡張もしやすいのではと考えた」(長束氏)

 しかし、LTEによる踏切映像伝送システムの構築は難航を極めた。まず、LTEで映像を低遅延に伝送する技術が見つからない。LTEと連携させたいクラウドサービスも「一部の大規模クラウドを除けば、従量課金制のサービスばかりでデータ量の大きい画像データを頻繁に出し入れできる現実的なサービスは見当たらなかった」(長束氏)という。

720p/30fpsを低遅延で伝送できるクラウドソリューションとの出会い

 LTEで映像を低遅延で伝送する技術、映像データに対応するクラウドサービス探しに苦戦する中、2016年8月に1つのソリューションとの出会いにより転機が訪れる。長束氏は「聞けば、720p(1280×720画素)、30fpsの映像をクラウドに転送し、配信できるという。しかも、遅延時間は2〜3秒以下という。十分、検討に値するスペックだった」と振り返る。

 まさに長束氏にとって“おあつらえ向き”のこのソリューションの名前は、「TMF AI&DL アドバンスドクラウドソリューション」で、ティ・エム・エフ・アース(以下、TMFアース)と菱洋エレクトロが共同で構築したものだ。TMFアースは、無線通信やクラウド、AI/ディープラーニング技術を活用したカメラ監視統合システムの将来性に着目し、マーケティング力を武器に、ソリューションを企画、要素技術/構成製品を発掘し、要求仕様に適合しない場合は仕様の作成(一部設計)を担い、製品化。菱洋エレクトロが提供する実証実験プラットフォームを通じて導入効果および実現可能性を訴求し、市場/顧客ニーズに即したソリューションとして展開する。

随所に特長のある技術を融合し実現

 同ソリューションの基本構成は、カメラとカメラに取り付ける有線/無線ゲートウェイ、太陽光を使った独立電源、LTE回線、クラウド、そして車両などでの表示端末だ。一見すると普通のクラウドサービスのように思えるが、随所に特長ある技術が使用されている。

「TMF AI&DL アドバンスドクラウドソリューション」の構成例

 まず、カメラゲートウェイは、さまざまなカメラと接続可能なインタフェースを備え、既存のカメラ資産を流用できる他、低消費電力化を追求。TMFアースのOEMブランドとしてパートナーが開発した低消費電力カメラと組み合わせて使用すれば、蓄電池搭載太陽光発電システムのみで24時間365日動作を実現可能。電源が確保できないところにも簡単に設置できる。

 またクラウドも特長ある技術を持つ。「OpenStack」ベースで映像データを扱うために開発されたターンキー型クラウド構築技術を適用。従来は大規模クラウドに限定された映像データの取り扱いを小規模なプライベートクラウドからスタートできる利点を持つ。他のクラウドサービスと連携可能で拡張性、柔軟性に富む。また、ハードウェアの調達を含めクラウドのリリースまで6週間と、システム開発のTCOを大幅に削減する。

2017年6月から若林踏切で実証開始

 720p/30fps*)のカメラ映像を500kbpsの低価格LTE回線経由でクラウドに上げ、同LTE回線経由で電車などにあるクライアントに低遅延で配信するため多くの技術を盛り込んだ。圧縮伸張技術として「H.264」(=ハードウェアはH.265対応済み)を、セキュリティ技術として大日本印刷の「DNP Multi-Peer VPN」を使用。遅延が起こりやすいクラウドサーバーからクライアント間を低遅延で配信可能な特殊プロトコルを適用し、高速LTEビューワーなどを組み合わせて遅延を抑制した。

*)50Hz地域では25fps。

 長束氏は「このソリューションを採用するかどうか決める上で、実際にテストしてみたが、2〜3秒のわずかな遅延で720p/30fpsを高いセキュリティを保ちつつ、安定伝送できることを確認した。無線LANでは山積みだった問題が全て解消された」と2017年2月に採用を決定。そして、2017年6月から、東急世田谷線若林踏切で実証実験を開始させる。「短期間でシステム構築できる点も、TMF AI&DL アドバンスドクラウドソリューションの魅力だった」(長束氏)と付け加える。

 若林踏切での実証実験は、2015年に実用化に至らなかった踏切に設置されたカメラからの映像を走行中の車両に低遅延配信するところからスタートし、順調にいけば2017年秋ごろには、クラウド上で映像認識処理を行い、映像配信とともに、電車側に人やクルマが接近しているとの警告を発報するシステムの実証実験を行う方針だ。

構想は踏切から鉄道全体、そして世界へ

「東急テクノシステムにとって大きなビジネスチャンス」と期待を寄せる長束氏は展示会などで映像伝送システムのアピールを始めている

 長束氏は「クラウドにつながることで、撮影した映像にさまざまな処理が行える。実証実験当初は、既存の映像認識アルゴリズムを使用するだろうが、将来的には人工知能(AI)、ディープラーニングを使った映像データの活用も実施する予定。このシステムの適用範囲は踏切監視に限ったことではなく、あらゆる鉄道の安心、安全を高められる可能性を秘めたシステム。駅構内に設置したカメラで白杖(はくじょう)を検知し、駅員にその情報を伝達し案内に駆け付けることのできるシステムや、電車線(架線)をカメラで監視し摩耗具合を認識し適切なタイミングでの交換を即し、架線切れや不要な交換を防ぐシステムなども早期に試してみたい」と早くも同システムの応用展開を検討している。

 「東急電鉄に限らず国内の鉄道会社は人口減に伴う旅客数の減少という課題がある一方で、より高いレベルでの安心、安全を実現する責務を負っている。そうした中で、このクラウド連携型の映像伝送システムは、高い費用対効果で安心、安全を高めることができる。当面は東急電鉄グループ内での実証実験、運用となるが、そう遠くない将来には他の鉄道会社にも提案し、横展開を行いたい。そして、いずれは海外の鉄道会社にもこのシステムを提案し、世界の鉄道の安全性向上に貢献したい」と長束氏。

 踏切事故防止を掲げて始まったプロジェクトは、わずか1年足らずの間に、世界の鉄道の安全性向上を目指す壮大なプロジェクトへと変ぼうを遂げたのだった――。

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提供:菱洋エレクトロ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2017年6月14日

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