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» 2018年01月25日 10時00分 公開

保全のAI活用:総延長約1万4000kmに及ぶ送電線の点検をどうこなすのか、解決の糸口はAIにアリ

労働人口減少によりさまざまな現場で人材不足が叫ばれる中、深刻化しているのが保守・メンテナンス現場の負担増である。総延長(設備亘長)約1万4000kmに及ぶ送電線を抱える東京電力パワーグリッドも例外ではない。この点検負荷軽減に向けて同社が選択したのが「AIの活用」だった。

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総延長(設備亘長)約1万4000kmの送電線点検

 日本国内の労働人口減少により、あらゆる「現場」で人材不足が深刻化している。その中でも厳しさを増すのが保守の現場である。工場やプラント、インフラなど、ミッションクリティカルな環境において保守業務は高い重要度を持つ一方で、これらの業務の大半は人手に頼ってきた。今、まさにこの人の労働力のみに頼った手法が限界に達しつつある。東京電力グループで送配電事業を担う東京電力パワーグリッドもこの例外ではない。

 東京電力は、2016年4月に日本政府の電力システム改革の流れでホールディングス制へ移行。発電事業、送配電事業、小売事業が3つの基幹事業子会社へと承継された。その中で送配電事業を担う子会社として設立したのが東京電力パワーグリッドである。

 東京電力パワーグリッドは送配電に特化した事業会社であるため、送電網の保守は重要な位置付けを占める。送電網の中でも鉄塔間を結ぶ送電線は、総延長(設備亘長)で約1万4000kmに達し、山間部など保守作業員が容易に確認できない現場では、保全の負担はとてつもなく大きい。

 点検作業は、基本的には保守作業員が高倍率スコープを用いて地上から点検するケース、専用器具で送電線にぶら下がって確認するケースなどがある。さらに、そのどちらも難しいケースでは、ヘリコプターからカメラで動画撮影を行い、その映像を10分の1スピードでスローモーション再生して、熟練作業員が点検する体制がとられている。例えば、1時間分の映像を撮影したとしても10時間の確認時間が必要になる計算だ。担当する保守作業員は、ずっと緊張感を持って映像確認をしなければならず、ストレスのかかる過酷な作業となる。

点検作業時間を50%削減

 このように人手に大きく依存した確認作業を自動化して負荷を軽減し、点検品質の向上と合わせてさらなるコスト削減ができないだろうか――。

photo 東京電力パワーグリッド 工務部 保全高度化推進グループ 送電担当課長の坂本吉男氏

 そんな狙いから東京電力パワーグリッドが着目したのがAIの活用である。東京電力パワーグリッド 工務部 保全高度化推進グループ 送電担当課長である坂本吉男氏は「撮影されたビデオをAIで分析することで、雷事故などで送電線に発生するアーク痕と呼ばれる電線異常などを自動認識させたいと考えました」と構想を示す。

 しかし、東京電力パワーグリッドにAI活用に関する専門知識やノウハウがあるわけではなかった。そこでパートナーを探していたところ、日本マイクロソフトから紹介されたのがテクノスデータサイエンス・エンジニアリング(以下、TDSE)である。

 TDSEは2013年に設立したばかりの若いベンチャー企業だが、金融、製造、流通・情報サービスなどの大手企業に対して、既に200テーマ以上のコンサルティングや解析を行ってきた実績を誇る。AI開発に関しても豊富な経験を有し、独自アルゴリズムを搭載したAI製品である「scorobo」のノウハウを生かした異常検知ソリューションなど、製造業を中心に実証実験や共同プロジェクトを推進している。また、日本マイクロソフトが事務局を務める「IoTビジネス共創ラボ」の発足メンバーである。

 この東京電力パワーグリッドとTDSEの共同開発プロジェクトとして、AIを活用した「架空送電線診断システム」の構築がスタートした。

 東京電力パワーグリッドとTDSEの両社は既に2017年3月にPoC(概念実証)を実施している。東京電力パワーグリッドから提供されたサンプル映像に対してTDSEが独自のディープラーニング(深層学習)アルゴリズムを適用し、映像の自動認識を行うというものだ。その結果、高い精度で“異常”を認識できたという。

photo 送電線異常の様子(クリックで拡大)出典:東京電力パワーグリッド

 ここでいう“異常”とは、東京電力パワーグリッドおよびTDSEが最終的に架空送電線診断システムで自動認識を目指しているアーク痕などの電線異常を直接指しているわけではない。あくまでも深層学習の初期モデルによって機械的に検出された「送電線の他の部位とは異なる特徴を持った部位」である。単なる汚れやまったく害のない変色なども混在しているかもしれないが、まずはこの群の中に認識目標とする異常が漏れなく含まれていることが重要なのだ。

photo TDSE 執行役員 第3データサイエンスグループ グループ長の庄司幸平氏

 TDSE 執行役員であり第3データサイエンスグループのグループ長を務める庄司幸平氏は「東京電力パワーグリッドの専門作業員が確認した種々の異常について、AIでその特徴を捉えられることが分かりました。点検用途であるため異常を漏らさず見つけるということが重要なので、その意味でPoCは成功だと言えます。この初期モデルをベースにさまざまな異常に対して専門家による“タグ付け”を行い、学習を重ねていくことでさらに精度を高められます。また、IoTビジネス共創ラボの分析ワーキンググループや製造ワーキンググループで得たノウハウを活用できたこともPoCの成功につながりました」と語る。

 実際、このPoCの結果は東京電力パワーグリッドの社内でも大きな衝撃を持って受け止められたようだ。

 東京電力パワーグリッド 保全高度化推進グループの宮島拓郎氏は「上空の一方向から送電線を撮影した場合、当然のことながらその電線の“裏側”までは見えません。熟練の保守作業員は裏側に起こった異常の影響を受けて表面にあらわれてくるわずかな“盛り”や“ねじれ”などを見て判断しているのですが、純粋な画像解析のみで作られた初期モデルがそうした微妙な変化まで見極めて抽出していることに驚きました」と語る。

 「初年度(2018年)上期までに、これまで保守作業員が人力で行ってきた点検作業時間を50%以上短縮し、さらにその3年後には80%以上短縮したいと考えています」と坂本氏は目標を示している。

Microsoft Azure上でGPUベースのインスタンスを活用

 これらの情報処理基盤として、東京電力パワーグリッドとTDSEで構築を進めているのが「深層学習プラットフォーム」である。このプラットフォーム構築の基盤として、選択したのがマイクロソフトのクラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」である。「データサイエンス仮想マシン」と呼ばれるインスタンスを利用した。「データサイエンス仮想マシン」とは、データの探索やモデリングに特化したその名の通りデータサイエンスを支援する開発環境である。具体的には ML Server、SQL Server、R Server、Anaconda、Visual Studioツール、Jupyter、ディープラーニング/MLツールキットといったツール群がすぐに使える状態で用意されている。

 深層学習についてはTDSEの独自アルゴリズムを持ち込むが、データベースなどはそのまま利用することができる。また、計算エンジンとしてGPU(Graphics Processing Unit)を活用する。Microsoft Azure上でVMスケーリング機能を利用すると、同じOSディスクを保持しつつGPUベースのインスタンスに柔軟に切り替えることができる。

 この「深層学習プラットフォーム」に東京電力パワーグリッドが撮影したビデオをアップロードし、AIが正常か異常かをうまく判定できない画像について専門家がタグ付けを行ってAIに学ばせる「学習」と、最新の学習モデルを適用して異常を検出する「推論」の2つのサイクルを展開する。「既に基本設計は終えており、2018年1月からは自動化のためのシステム実装を開始します。3月末までにテストを済ませて、運用に入りたいと考えています」と庄司氏はスケジュールを示す。

photo 架空送電線診断システムの異常の自動検知の様子(クリックで拡大)出典:テクノスデータサイエンス・エンジニアリング

 さらに「ディープラーニングモデルの学習にはパワフルな計算能力が必要ですが、学習が必要なタイミングでGPUベースのインスタンスを稼働させればコストに無駄が発生しません。また大量に撮影データがアップロードされて高速な計算能力が必要になった際にはGPUベースのインスタンスを複数立てて並列処理させるなど、状況に応じた柔軟かつスケーラブルなリソースの調達が可能なことがMicrosoft Azureを選んだ最大のポイントです」と庄司氏は語る。

ブラックボックス化を許容する企業文化の醸成

 架空送電線診断システムの共同開発プロジェクトは、ここまでのところ極めて順調なペースで進んでいる。庄司氏はこの成功要因を次のように分析する。

 「まずは適切な目標設定があったと思います。東京電力パワーグリッド様は最初から高すぎる目標を求めず、最低限の自動化を着地点としてくれました。これは機械学習や深層学習の非常に重要なポイントで、おかげで私たちは地に足を付けて活動できています」と述べる。

 そして、庄司氏が挙げるもう1つの要因が「企業文化の転換」だという。「これまで熟練の保守作業員の知見に基づいて行ってきた異常検知を深層学習によって自動化するということは、見方を変えるとそのプロセスがブラックボックス化することを意味します。この変化を許容するかどうかというのは、技術的なものというよりも文化的にどうかという面に影響します。これを受け入れるという判断をされたというのは非常に大きいものでした」(庄司氏)。

photo 東京電力パワーグリッド 保全高度化推進グループの宮島拓郎氏

 東京電力パワーグリッドが受け入れる判断に踏み切ったのには、ブラックボックスを受け入れてでも、保守・点検作業の属人化を打破しなければ先がないという危機感があったという。

 「たとえ人間が担当している仕事であってもノウハウが属人化してしまい、ロジックを誰にも説明できないのでは、周りからみればそれはブラックボックスと同じです。そんな部分にこだわっていても将来はありません。送電線の異常検知からスタートしましたが、その先では鉄塔を含めた電力設備全体のより効率的な運用や保全に対象を広げていく必要があります。そうした方向に全社的な意識を変えていくことも、われわれ保全高度化推進グループに課せられたミッションなのです」と宮島氏は語っている。


学習モデルの外販へ

 実際、あらゆる業界で人手不足が深刻な問題となっており、その影響は間違いなく電力設備の保全分野にも押し寄せてくるだろう。手が回らなくなってしまう前に、いまこそ先手を打った対策が求められているのである。

 「送電線や電力設備を所有しているのは必ずしも電力会社だけではなく、重工業や化学プラント、社会インフラなどの業界にも数多く存在します。私たちが先行して構築しようとしている送電線診断の学習モデルをカスタマイズすれば、そうした他業界の設備にも十分適用が可能と考えられます。TDSEと共に、将来的にはソリューションの外販も検討していきたいと思います」と坂本氏は既に新たな構想を描いている。

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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2018年2月24日