デジタルツインを実現するCAEの真価

AIや大規模解析では、省力化ではなく価値創出が重要CAEイベント(1/2 ページ)

エムエスシーソフトウェアが開催した年次ユーザーイベント「MSC Software 2018 Users Conference」において、筑波大学 システム情報系 教授で筑波大学 人工知能科学センター センター長、理化学研究所 計算化学研究機構客員研究員を務める櫻井鉄也氏が、デジタルとAI(人工知能)をキーワードに「AI技術を用いたデータとシミュレーションの統合活用」と題して講演した。

» 2018年06月14日 10時00分 公開
[佐々木千之MONOist]
筑波大学 教授 人工知能科学センター センター長、情報科学類 コンピュータサイエンス専攻、理化学研究所 計算科学研究機構 客員研究員の櫻井鉄也氏

 2018年5月30日にエムエスシーソフトウェアが開催した年次ユーザーイベント「MSC Software 2018 Users Conference」において、筑波大学 システム情報系 教授で筑波大学 人工知能科学センター センター長、理化学研究所 計算化学研究機構客員研究員を務める櫻井鉄也氏が、デジタルとAI(人工知能)をキーワードに「AI技術を用いたデータとシミュレーションの統合活用」と題して講演した。

 櫻井氏はコンピュータ数値解析の専門家で、数理アルゴリズムと高性能ソフトウェアの研究開発で知られる。桜井教授は自身の研究について、モデル化されコンピュータに載った世の中のさまざまな現象をどうやって扱うかという計算のアルゴリズムと、そのアルゴリズムをコンピュータで実行するためのソフトウェアの開発と説明する。

櫻井氏が研究する、数理アルゴリズムと高性能ソフトウェアの役割

 櫻井氏は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択された「ポストペタスケールに対応した階層モデルによる超並列固有値解析エンジンの開発」プロジェクトで代表を務め、固有値解析アルゴリズムの研究成果によって平成30年度の科学技術分野の文部科学大臣表彰を受けた。このプロジェクトは、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」の10〜100倍に当たる演算性能を持つ次世代スーパーコンピュータ上で動作する高性能アルゴリズムの研究だ。このような固有値解析は、構造解析はもちろんのこと材料開発や生体分子の分子シミュレーションに有用で、原子核物理分野における非常に大規模な固有値計算にも利用される。シミュレーションに限らず、遺伝子発現の解析といったデータ解析分野でも固有値計算が応用できるという。

 櫻井氏がセンター長を務める人工知能科学センターは、2017年4月に開設されたAIの研究拠点で、AIの人材を育成すると共に、データをうまく活用して基礎研究だけでなく「ちゃんと使えて社会実装できるものを作る」ことを目的としている。他のいろいろな研究機関や研究者と協力して、分野を超えてお互いに協力するトランスボーダー型で研究を進めている。社会実装を想定しているため、出口のところで企業が関わらないと実現できないとして、企業とのコラボレーションを非常に重視しているそうだ。

日本における「デジタルシフト」の危惧

 技術そのものの話と絡めて櫻井氏がこれからの社会に重要と話すのが「デジタルへのシフト」だ。ただ日本では、電子登記簿システムがあまりうまくいっていないように、これまでの紙ベースのものを置き換えるという発想で設計されているため、かえって複雑で使いにくいものになり、使い方を理解するだけで時間がかかり、結局紙に戻そうという流れになってしまっているという。小売店でのセルフレジ化も、店側が省力化するという発想のため、客側では逆に手間が増えていて結構時間もかかり、通常のレジに並んだ方が手っ取り早い状況になっている。米Amazonのレジなし無人店舗「Amazon GO」のようなデジタル側からのアプローチが必要だと訴える。

 「モノづくりに関しても、日本の強みは現場であるといわれるが、もしも現場の省力化という発想でデジタル化をしたら、セルフレジのように中途半端なものができて『やっぱりいままで通り人間がやった方がいい。現場のこれまでの知識があるから』という話になるのではないかと、すごく危機感がある。発想を変える必要がある」と話す。

ディープラーニングに使われるニューロンモデル化は最小二乗法で理解できる

 AIに関しては、今後大幅に不足していくと予想されるAI研究者を育成することが緊急の課題という提言が内閣府の総合科学技術・イノベーション会議でなされている。しかし「大学で育成しようと思うと、最短でも10年くらいかかるために全然間に合わないので、現在仕事をしている人がどんどんAIを使いこなせるようになることが重要だ」(櫻井氏)と指摘し、最近注目されているディープラーニングの概要とそのニューロンのモデル化について説明した。

人工ニューロンにおいての学習は、最も単純な場合は最小二乗法で解ける

 ディープラーニングは、コンピュータによる画像認識や囲碁の名人に勝ったことで注目された技術。2012年以前は、コンピュータの画像の誤認識率は20数%あったが、2012年にディープラーニングを導入してから急激に下がり、2015年には人間よりも誤認識率が低くなった。囲碁の件についても、「あと10年くらいは人間に勝てないだろう」といわれていた矢先に勝ち、「もう人間では勝てない」といわれる強さになった。これは、従来はコンピュータに認識させたい画像の特徴や、「この盤面の方が有利だ」という評価を人間が考えて教えていたが、アプローチを変えて、画像からの特徴の抽出や、盤面の評価をコンピュータに見つけ出させることを自動化したのがポイントだった。

 ディープラーニングの手法はニューロンのモデル化ともいわれ、人間の脳のニューロンを数学的に表したものによっている。単純な形、2つの入力で1つの出力がある形では行列とベクトルの積で表され、これは最小二乗法の計算そのものとなる。「いままでやっていた計算法が、ちょっと見方を変えて言葉を換えるとAIで使われているものに対応してくることが分かる。これが重要。こんな風に思えれば自分もできそうな気がしてくると思う。実際は性能を上げるために複雑なことをやるのだが、考えの基本はこれでよい」と、AIを難しいものとして遠ざけず、学んで使ってみるよう促した。

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