パナソニックが描く100年の先にある未来
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» 2018年07月18日 11時00分 公開

メイドインジャパンの現場力(17):パナソニックを100年支え続けた事業とは? その強さの秘訣を探る(前編) (1/2)

世界中の多くの製造業が祖業を手放す中、パナソニックはいまだに配線器具市場では国内はもちろん、グローバルでも大きなシェアを確保している。その強さの秘訣とは何だろうか。本稿では前編でパナソニックの配線器具事業の概要について、後編で配線器具事業のマザー工場である津工場の現場力について紹介する。

[三島一孝,MONOist]

 パナソニックといえば家電の大手企業というイメージを持つ人も多いかもしれないが、創業事業は何かと聞かれて答えられる方はどれだけいるだろうか。2018年に100周年を迎えるパナソニックの祖業は実は配線器具である。

 パナソニックの創業者である松下幸之助氏は、1918年3月にパナソニックの前身となる企業を設立。その最初の製品は「改良アタッチメントプラグ」である。当時の家庭には、現在のように家電製品を自由に使えるようなコンセント(配線用差込接続器)がなく、電灯用の配線から家電製品につなぐ必要があった。それを実現するのが「アタッチメントプラグ」だ。その後、電灯用の配線を電灯と家電用に2つに分ける「2灯用差し込みプラグ」などを展開し、配線器具で成長の足掛かりを作った。

photo パナソニックの創業製品である「アタッチメントプラグ」(左)と「2灯用差し込みプラグ」(中央)と「3灯用クラスタ」(右)(クリックで拡大)

 世界中の多くの製造業が祖業を手放す中、パナソニックはいまだに配線器具市場では国内はもちろん、グローバルでも大きなシェアを確保している。その強さの秘訣とは何だろうか。本稿では前編でパナソニックの配線器具事業の概要について、後編で配線器具事業のマザー工場である津工場の現場力について紹介する。

電気の普及とともに発展を続けてきたパナソニック

 パナソニックの配線器具の歴史は、まさに家庭に電気が普及する歴史と重なる。創業期から昭和前半までは、電灯器具として家電製品が存在した時代だ。電気の家庭への引き込み線は綿絶縁電線とむき出しの碍子により行われており、電灯としての配線から、さまざまな家電製品を使おうとしていた時代である。この時代に先述した「アタッチメントプラグ」や「2灯用差し込みプラグ」などが活躍した。従来製品より品質が良く価格が3〜5割安かったことから市場から高い評価を受けたという。

photo 「2灯用差し込みプラグ」の利用イメージ(クリックで拡大)

 その後、1950年代からはビニール外装ケーブルが普及し、露出配線器具の時代に進む。露出線によるコンセントの普及なども進み、家電製品の利用がしやすくなった。

photophoto 露出配線器具の様子。スイッチ(左)とコンセント(右)(クリックで拡大)

 その後、配線器具は露出型から家屋の壁内への埋め込み化が進み、フルカラー化やワイド化などを進め、市場を切り開いてきた。パナソニック エコソリューションズ社 エナジーシステム事業部パワー機器ビジネスユニット 配線カテゴリー カテゴリー長の足立真治氏は「住宅着工数の影響は受けるものの、パナソニックの配線器具は創業期からほぼ持続的に成長を続けてきた事業であるといえる。創業製品であるアタッチメントプラグは漁業や祭りの露店などの用途でいまだに年間10万個程度販売を続けているロングセラー製品でわれわれの誇りにもなっている」と事業としての価値を述べている。

photo パナソニックの配線器具事業の国内での歩み(クリックで拡大)出典:パナソニック
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