日本の自動車業界の「当たり前」は、なぜAUTOSARの「当たり前」にならないのかAUTOSARを使いこなす(5)(3/4 ページ)

» 2018年09月07日 10時00分 公開
[櫻井剛MONOist]

「当たり前」の共有の場としての標準化活動

 AUTOSARでは、大規模な提案はコンセプト(concept)、それ以外は変更要求(Request for Changes、RfC)として扱われます。筆者の参加するAUTOSAR WPでは、毎月の対面形式の会合(1〜2日間)で10件程度から数十件のRfCについて議論し、さらに毎週のWeb会議(約2時間)では、数件から20件程度のRfCについて議論が行われます。複雑な内容のRfCであれば、1件だけで半日以上議論が続くこともあります。

 しかし、当然のことながら、各RfCには締め切りが設定されています。議論しなければならないRfC数が多ければ、当然全てに対してそれほど多くの時間を割くことはできません。ですから、RfCを作成した人が会合/会議に出席していなければ、説明の場も与えられずに却下されてしまう可能性は高まりますし、そこでは却下理由の丁寧な説明も期待できませんから、反論も難しくなります。

 そんな状況ですから、自らのユースケースに対してWPメンバーからの理解が得られていなければ、よりいっそう状況は難しくなります。これは、欧州とは異なるユースケースや価値観を重要視しているところもあるわれわれ日本勢にとっては、大きなハンデなのです。

 では、RfCに、自らのユースケースなどに関する詳細な説明を書いておけばいいのでしょうか。筆者はできるだけ丁寧に書くようにしていますが、長い文章は読み飛ばされやすいです(この連載も文字が多くて申し訳ございません、お付き合いいただきありがとうございます)。残念ながらあまり役立ちませんが、かといって、書かなければ今度こそ誰も理解してくれません、ダメです。「こんなユースケースもある」「こういった特性が重要になる場合もある」というような発信を、普段の会合の中で行い続けることのほうが、はるかに効果があるのです。

 もちろん、私自身も、副主査をつとめるJasPar AUTOSAR標準化WGで情報提供をいただいた内容を基に発信するようにしています。事実、参加と発言を重ねていくうちに、若干ですがハードルは下がってきたと思います。しかし、自分自身のニーズ(ユースケースなど)ではないことから説明にも限界がありますし、何よりもたった1人の発言だけでは存在感もないため、どうしても説得力に欠けるのです(たとえ、JasParの肩書があったとしても)。ですから、ニーズをお持ちの複数の方々から直接電話会議だけでも参加いただき、自ら声を発していただくことが重要なのです。

 ましてや、いきなり大規模な変更を伴うコンセプトを持って行っても、なかなか通せるものではありません。スムーズに通そうとするならば、欧州勢の方々にとっての「当たり前」を理解することは不可避でしょう。そのために、まずは継続的な参加の中で、時間をかけて理解をしていくことが必要です。

 なお、仮に外部からある技術の専門家を代理人代わりに招聘したとしても、肝心の自分たちが理解しようとしないままなのであれば、招聘された方々の多くは板ばさみの立場になってしまうでしょう。そのような異文化間の調整業務は、専門家としてのジョブディスクリプションには通常は書かれていないでしょうから、そのようなことで苦しみ、不利な査定を受けることになれば、「フェアではない」と不満を持つのが当たり前な文化圏もあります。こうなってしまえば、そういった境遇の方々は程なく去っていくでしょう。

 そうなのです。AUTOSARに対してさまざまな不満や批判があることは筆者も理解していますが、真に批判されるべき対象は、AUTOSARではありません。これまで自らのニーズの存在をアピールしなかったこと、また、今のAUTOSARの「当たり前」を理解しようとしなかったこと、これらは「無関心」や「不作為」は無害という思い込みによるものなのでしょうが、そこが問題なのです。皆さんがもっとAUTOSAR側に「寄っていく」こと(「従う」とは違います)、これが必要なのです。

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