「特定派遣事業」とは何だったのか? 偽装請負問題の増加も懸念事項か(2/2 ページ)

» 2018年11月02日 14時00分 公開
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特定派遣事業廃止の背景

 このようなメリットの多い特定派遣という制度でしたが、なぜ、廃止となったのでしょうか。

 派遣労働者の雇用が安定しており、かつ未経験者にも就職機会を提供している特定派遣は、労働者を保護するために機能している派遣法の目的に合致しているため、これを廃止することはどう考えても不合理に見えます。また、特定派遣が作られた目的としては、IT企業やメーカーに対してエンジニアなどの技術者を派遣することを目的として作られた制度といわれています。先に述べたIT業界の特性からこの特定派遣という制度は、人員を確保する意味では理想的な制度であったといえます。

 この答えとしては、まず常時雇用の定義が不完全であったため、結局、雇用の安定にはつながっていなかったことが挙げられます。常時雇用とは雇用契約の形式のいかんを問わず、事実上期間の定めなく雇用されている労働者を指しますが、必ずしも無期雇用することまでは求めていません。そのため、契約社員など有期雇用で雇用する事業者が増えたため、労働者の立場がかえって不安定になっているという問題が生じました。また、特定派遣は届け出を行えば派遣事業が行えるため、資力が乏しい事業者でも派遣事業を行えたことも問題の1つであると言えます。派遣という事業の性質上、労働者が派遣に出ることによって事業者に利益が生じます。裏を返せば、常時雇用という雇用形態である以上、派遣に出ていない労働者にも賃金を支払う義務が事業者に生じます。そのため業績が悪化した事業者の中には、この支払義務を逃れるため、労働者を安易に解雇する者も現れ、そのため本来安定するはずの労働者の雇用が不安定になっていたことが廃止につながった原因とも言われています。

特定派遣事業廃止の影響

 この特定派遣事業廃止に伴い懸念されていることが、「偽装請負」のまん延です。

偽装請負とは、実態は発注者が受託会社の労働者に指揮命令する労働者派遣であるにもかかわらず、契約上は請負契約を装った「違法派遣」を指します。通常、請負契約では、派遣のように役務の提供を目的とするのではなく、仕事の完成を目的とするため、発注者は受託者の労働者に指揮命令することは禁止されています。通常の派遣契約であれば、派遣元・派遣先それぞれに定められた責任を果たす義務が生じますが、請負契約である以上はこの責任が曖昧となり、労働者の雇用や安全衛生面など基本的な労働条件が十分に確保されないという問題から偽装請負は違法な派遣として禁止されています。

 派遣契約から請負(準委任)契約へ適法に切替えをしようとすると、人員配置、業務フローの見直しなど多大なる工数が発生します。これを避けるために、形式上の契約は請負(準委任)契約にしておき、実態は従前の通り委託元(派遣先)が受託者の労働者に指揮命令する違法派遣の形態が増加することが懸念されているのです。

偽装請負とは

特定派遣終了に伴い派遣先企業が取る対応について

 特定派遣事業の経過措置が既に終了しているため、タイムリーな話でありませんが、特定派遣の事業者から派遣労働者を受け入れている派遣先企業が第一に取るべき対応として、当該派遣事業者が派遣事業許可の切り替え対応を行ったかどうかの確認が必要になります。その理由としては、無許可の派遣事業主から派遣労働者を受け入れた場合、派遣先企業は「労働契約申込みみなし制度」の罰則が適用される可能性があるからです。

 労働契約申込みみなし制度とは、派遣先企業が違法派遣を受けた時点で、当該派遣労働者に対して、自社の社員として雇用したいという申込みを行った(雇用する意思がなかったとしても労働契約の申込みをした)と見なす制度です。そのため、当該制度の適応対象とならないためにも、許可を得たという申告している事業者に対しては、派遣事業の許可証を提出させることを、また、許可申請中の事業者については、派遣事業の許可申請書の写しを提出させるといった対応をとることをおすすめします。なお、許可申請中の事業者であれば、申請の許可が出るまで引き続き当該派遣労働者を受け入れることは可能です。駆け込みで許可申請を行った事業者が多いらしく、派遣事業者が多い都市であれば、許可を得られるのが2019年の年明けになる事業者もいるとのことでした。

 また、派遣契約から請負(準委任契約)に切り替えた派遣先企業については、業務遂行の形態が偽装請負になっていないか再度点検することが必要になります。制度廃止に伴い、特定派遣の廃止届を提出した事業者が、今後は派遣ではなく請負(準委任契約)にて対応していくことを当局に伝えたところ、当局から偽装請負にならないよう念を押されたという話をよく聞きます。このことから当局による違法派遣・偽装請負の防止・解消に向けた個別指導監督の強化が実施されることが十分に予想されるからです。

派遣先企業が取るべき対応

特定派遣廃止後の展望

 規制の緩さから資力のない特定派遣事業者が乱立し、その結果、雇用が不安定な労働者を多数生み出すこととなりました。この教訓からでしょうか。2015年の法改正では既存の許可要件(事務所・財産要件など)に加え、キャリア形成支援など新たな基準も加わり、許可のハードルが更に上がりました。この変更に対応ができない事業者は淘汰され、経営基盤が健全な事業者だけ生き残る業界構造へ変化していくことが予想されます。

 派遣業界に身を置く者として、業界のイメージアップのためにも、派遣業界の健全化が更に進むことを切に望みます。

筆者プロフィール

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株式会社VSN 安藤 聡

大手人材サービス会社を経て、2015年にVSN入社。同社では許認可資格の管理・更新、契約・取引法務、法制度調査、コンプライアンス法務など、法務分野全般を担当。コンプライアンス教育においては常に「受け身」ではなく、自身の課題として、社員の自主性を引き出すことを念頭に指導を行っている。

株式会社VSN http://www.vsn.co.jp/




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