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第21回 「ヘルメットは丸い」という固定概念から解き放つCFDCFD活用事例インタビュー

スポーツサイクルやオートバイ用のヘルメットを展開するオージーケーカブトは、自社風洞実験設備でのシミュレーションだけでなく、製品開発の初期段階からCFDを本格活用し、ヘルメットの内面形状までも細かくシミュレーションしている。業界初のエアロパーツを生み出した高い技術力を持つ同社が目指すのは、さらなる空力性能の向上と開発サイクルの短縮だ。

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 オージーケーカブトでは、オートバイ用ヘルメット、スポーツサイクル用ヘルメット、幼児用ヘルメットの3事業を中心に展開している。スポーツサイクル用ヘルメットは国内シェアトップであり、アジア圏をはじめとする海外でも高いシェアを持つ。同社は1982年に、「自転車用子どものせ」(子どもを乗せる自転車用かご)で有名なオージーケー技研から独立し、現在はオートバイや自転車用のヘルメットを本格的に開発している。オートバイ用と自転車用の両方を手掛けるメーカーは世界でも珍しいという。

 同社のヘルメットの強みが、「空力性能」と「軽さ」だという。業界に先駆けて、「丸い形が当たり前」だったヘルメットに独自の形状を提案するなど、空力設計には定評がある。オリンピックなどに出場する日本ナショナルチームのオフィシャルスポンサーを長年務め、同社のヘルメットを供給することからも技術力は折り紙付きだ。世界各国の製品安全規格も取得しており、製品の信頼性も高い。

厳しい安全基準をクリアする

 オージーケーカブト 開発部 製品開発課の大田浩嗣氏(写真1)は、各国の製品安全規格を満たすための製品開発と空力関係を主に担当している。


写真1 株式会社オージーケーカブト 開発部 製品開発課 大田浩嗣氏

 ヘルメットを販売する場合は、各国の安全規格の取得が欠かせない。オートバイ用も自転車用も、日本をはじめヨーロッパやアメリカ、アジアなど国によって規格内容が異なる。特にシェル(一番外側の部分)がFRP(Fiber Reinforced Plastics:繊維強化プラスチック)製のものについては、アメリカのSNELL(スネル)規格という世界で最も厳しい規格があり、その取得にはかなりの労力を要する。そのためFRP回りの繊維の積層構成などの開発が重要になってくるという。他にもヨーロッパなどでは自転車用の規格が日本と全く違い、ヘルメットは縁石のようなものにぶつける試験もある。こういった独自規格の対応も必要だ。

 そこで、例えば生産現場でリアルタイムに生産したものを試験して、積層構成を変更し、さらに試験といったことを繰り返すことにより、規格の取得にまで持っていく。そういった中で新材料の研究やシミュレーションなども行う。

 人の頭の形も国によって違ってくる。ヨーロッパは上から見て縦長であるなど、それぞれに特徴がある。例えば同じMサイズでも、ヨーロッパだと横幅が狭いため、日本人は2つサイズを上げても入らないといった具合だ。同社には多数の頭部の形状をスキャンしたデータベースがあり、これらのデータと今までの開発ノウハウに基づき、デザインとすり合わせをしながら、より高性能なヘルメットを開発している。


写真2 株式会社オージーケーカブト 開発部 企画・広報課 課長 口野彰義氏

 一方、ヘルメットの空力性能も非常に重要だ。「スポーツ用では特にトライアスロンやトラック競技などの長距離になると、ヘルメットだけで数秒タイムが変わるといわれます。そのため、秒単位で競うレースでは、ヘルメットの空力性能の検証は非常に重要です」とオージーケーカブト 開発部 企画・広報課 課長の口野彰義氏(写真2)は述べる。

 開発の中では風洞実験が大きな役割を担ってきたという。以前から東京大学 名誉教授 東昭氏や日本大学理工学部 精密機器工学科 教授 川幡長勝氏、日本大学理工学部 航空宇宙工学科 教授 安田邦男氏と共同で社内にある実験設備を使い、モックアップを作っては修正しながらの風洞実験、空力解析を繰り返し行ってきた。

 風洞実験でもタフトなどを使えば空気の流れは見えるものの、詳細となるとなかなか分かりづらかった。また数mmの突起の差などを詳細に検証することも難しかった。さらに実験は、パテを削って形を作り、それを元に実際に被れるモックアップを作って測るという作業の繰り返しだった。「モックアップはそんなに簡単に作れるものではありません。過去には開発期間が年単位に及んだこともありました」と大田氏は言う。

 開発時間の短縮、経費の削減、そして空気の流れの可視化という課題をクリアするため、同社が導入したのがソフトウェアクレイドルのCFDソフトウェア「SCRYU/Tetra」だった。

業界初のエアロパーツで乱流を制御

 スポーツサイクル用ヘルメット「WG-1(写真3)」の解析結果図(図1)を見るとヘルメットの内部にも空気が流れていることが分かる。


写真3:スポーツサイクル用ヘルメット「WG-1」

図1:解析モデルの概観

 大学との共同研究の中での成果が、同社の特許システムである空力デバイス「ウェイクスタビライザー」だ。図2はウェイクスタビライザーの付くオートバイのヘルメット「RT-33」(図3)と、付いていないヘルメットの流速分布図である。


図2:空力デバイス「ウェイクスタビライザー」の効果(走行中発生する帽体付近の気流をコントロールし、負荷を軽減するシステム。特許no.4311691)

図3:オートバイ用ヘルメット「RT-33」

 業界内には長年「ヘルメットは丸いもの」という固定概念があった。だが研究者から「なぜ丸いのか。丸いものはブレる、安定しない」という指摘があったという。「回転しない丸いものはサッカーの無回転シュートと同じようにブレる。そのときは皆、目からうろこでした」と口野氏は言う。それなら「突起物を付ければよい」ということで、ウェイクスタビライザーの開発につながった。丸い形状の場合は、ヘルメットの直後に乱流が発生して頭部が安定しにくい。突起を設けることで、乱流がヘルメットの直後に発生せず、直進時はブレずに安定し、首も「まるでスピードが出ていないような感覚」でスムーズに動かせるようになる。

 口野氏も実際にその違いを体験したが、突起があるのとないのとでは別の世界のようだったという。モータースポーツでは、高速走行時にかかる力を自分の首で支えるのが当たり前だった。時速100kmくらいになると、首を動かすだけで抵抗が顕著に感じられるそうだ。それがウェイクスタビライザーの付いたヘルメットだと、どこを向いても変わらないような感覚になるとのことだ。プロライダーをはじめとするユーザーからも、レースや高速道路での走行時の首の負担が大幅に減少したとのコメントが寄せられた。

 「現在、自動車には後ろが切り立ったような四角い形状がよく見られます。当社では、それが普通になる以前から、その形状をヘルメットに採用していました。はじめは『変わったことを始めた』と思われていたようですが、今は他社のヘルメットも多数採用しています」と口野氏は話す。

「日本製」が決め手だった

 同社は、CFDの導入にあたり何社かの製品を検討した。最終的にはSCRYU/Tetraともう1つに絞った。決め手は、「日本製であること」だったそうだ。SCRYU/Tetraが、大手企業も含めた採用実績が多いことも安心できる理由の1つだった。

 さらにSCRYU/Tetraの体験セミナーにも参加したが、「一番使い勝手がよさそうだと感じました」と大田氏。「ハイエンドツールにもかかわらず設定がかなりシンプルで、メッシュ生成など自動で行ってくれる部分も多いと感じた。ポストプロセッサにさまざまな表現ができるような機能が充実しているのもよかったです」。

 大田氏が重宝している機能の1つが、通常CADモデルの流体シミュレーションの前処理に使う機能である「ラッピング」だという。開発時点において3Dスキャナでモデルをスキャンし、STL化することがよくある。他のソフトウェアだと、そのデータに大幅な修正を加えないとならないが、SCRYU/Tetraのラッピング機能を使えば、多少凹凸は潰れたような形状になるものの、解析で使えるレベルのモデルがすぐに作れるという。

 「最終的な解析にはきれいなモデルを作る必要がありますが、その前検討でよく活用します。少し違う形のパーツを付けるなどちょっとした変更による性能の違いを調べたい時、スキャンしたものをラッピングしてシミュレーションにすぐ取り掛かれるので、とても便利です」(大田氏)。

広報素材として解析図が活躍

 CFD導入の副産物的なアウトプットが広報資料だった。「CFDの流線図など解析結果が広報用の画像素材として利用もできることもメリットの1つです」と口野氏は述べる(図4)。


図4:広報で活用している流線図の例(同社の強みをビジュアルで訴えるのに有効だという)

 「オージーケーカブトといえば空力」であり、それを分かりやすくユーザーに知ってもらうためには、空気の流れを可視化してみせるのが効果的ではないかと口野氏は考えた。「ビジュアルだとインパクトもあります。メッシュは細かくきれいに見えるように、こんなアングル(図4)で、見えやすいよう色を調節するなど、『見せる』素材を作るためにも大いに活用しています」(口野氏)。

実験と解析がぴったり一致! 同社初のCFDベース先行開発も実施

 肝心のシミュレーションと実験の結果だが、「驚くほど同じ」と大田氏は言う。「風洞実験にはけっこうばらつきがありますが、これはどうしようもない部分があります」(大田氏)。空気密度がその日の気温で変わってくるからだ。また電圧の変動なども風洞の状態が不安定になる原因だ。ほんの少しのヘルメットの傾きの違いでも実験結果は変わってくる。そういう意味では、CFDの方が「傾向を捉える」という面では信頼できるということだ。

 実験とシミュレーションの一致が確認できたため、今後はモデルの実物がない時点での検証に活用できそうだということが分かった。今後はよりしっかりとヘルメット内部の通気性、つまり「空気の流れ」を検証したいという。これは風洞では分からないところであり、SCRYU/Tetraでより詳細を調べられると見込んでいる。

 現在取り組んでいるのが、2016年開催のリオデジャネイロ五輪で使われるヘルメットの開発だ。これはモデルの実物のない時点からCFDを活用する同社初のケースになるという。まずデータ上だけで形状のシミュレーションを繰り返し、検討を進めているという。オートバイ用の次期のトップモデルにも活用する予定だ。

 「使いこなしていけば、数年後には開発のスピードアップに大いに貢献すると思います」と口野氏は期待を寄せる。「オージーケーカブトは空力、軽いという強みも強化していきたいですね」。

 今後、本格的にSCRYU/Tetraを活用することで、オージーケーカブトの製品開発にもより大きな飛躍がもたらされそうだ。

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提供:株式会社ソフトウェアクレイドル
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2015年9月9日

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