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「奇跡の一本松」を保存した生物研究所が乳がん触診シミュレーターを開発した理由イノベーションで戦う中小製造業の舞台裏(11)(1/3 ページ)

乳がんの早期発見に役立つのが自身での触診だ。だが、自分の胸を触ってシコリを感じても、それががんなのかを判別することは難しい。そのシコリの違いを学べる「乳がん触診シミュレーター」を京都の生物教材メーカーである吉田生物研究所が開発した。「奇跡の一本松」の保存などで知られる同社は、なぜ乳がん触診シミュレーターに取り組んだのか。

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素材の安全性にこだわったリアルな手触りの「乳がん触診シミュレーター」

 日本における乳がんの発生率は年々増加しており、女性がかかるがんのトップになった。日本人女性の12人に1人が羅患するというデータもある。早期発見すれば、がんの治療率は格段に高くなる。

 その早期発見に役立つ「乳がん触診シミュレーター」を、京都の吉田生物研究所(「吉」は正しくは土の下に口がくる漢字)が開発した。同社で、乳がん触診シミュレーターを実際に触らせてもらった。塩化ビニール製の乳房はフニフニと柔らかい。パンフレットに掲載されている図に示されたところを指先で触れるとゴロンとしたシコリの存在が分かる。位置を変えて2本の指で皮膚を挟むようにすると、引きつれたような“えくぼ”が現れる。

 「へぇ、こんな触感なんだ」と指先に記憶させた。

乳がん触診シミュレーター
乳がん触診シミュレーター。6種類のシコリとシコリに間違われることがある肋骨を再現した(クリックで拡大)

 乳がんは、自分で発見できる唯一のがんである。早期発見できれば治る率も高い。そのために、医療機関はセルフチェックを推奨している。とはいっても、自分の胸を触ってシコリを感じても、それが良性のシコリなのか、がんなのかは、シロウトには判断がつきかねる。実際にがんのシコリをさわったことがないから、当然だ。

 乳がん触診シミュレーターは、乳がんのセルフチェック修得、乳房触診の教育促進を目的に開発された。「乳がん触診シミュレーターは以前からあります」と取材に対応した吉田生物研究所 取締役の吉田浩一氏は語る。

 後発となった同社製品の特徴は素材とシコリのリアリティーだ。「当社は、柔らかい皮膚を再現するのにポリ塩化ビニールを使用しています。安全性に配慮し、フタル酸エステル類を使用していません」(浩一氏)。

 フタル酸エステル類は、プラスチック製品を柔らかくする可塑剤として使用される。しかし、有害性の懸念があるため、欧米では全ての製品で使用が禁じられているそうだ。日本でも、食器や乳幼児の玩具への使用は禁止されているが、規制がかかっていない製品もある。乳がん触診シミュレーターもその1つだ。

 素材の安全性の他に拘ったのが手触りだという。がんのシコリは表面がゴロゴロしている。良性のシコリはツルっとした触感だ。それぞれ特徴はあるのだが、悪性と良性のシコリに明確な差があるわけではない。

 既存製品には、悪性のシコリは触るとチクチクするものもあるという。「尖った針の先のような触感を覚えてしまい、悪性のシコリを見過ごしてしまう懸念があります」と浩一氏は言う。

 素材の安全性と、リアリティーのあるシコリの再現。この2点が吉田生物研究所に持ち込まれた課題だった。

企業も環境変化に伴って、生き残るために変化していく

 吉田生物研究所のWebサイトを見ると、バイオ情報研究部門、文化財部門、教材製作部門などのバナーが並んでいる。トップページに掲載されている写真は、古墳から出土した馬型埴輪や和服の日本人形、恐竜と見まがうような魚の骨。そして、乳房の模型。

 生物研究所だからバイオ情報研究をしているのは分かるが、埴輪や人形がどのようにつながっているのかが分からなかった。乳がんシミュレーターもしかり。

 吉田生物研究所は、浩一氏の父である吉田秀男氏が昭和38年に創業した。

 当時は、学校教育用生物教材を製造販売していたそうだ。病変のある部位をスライスして樹脂で固める包埋標本を製作し大学に納めていた。

薄くスライスした大脳の包埋標本
薄くスライスした大脳の包埋標本(クリックで拡大)

 秀男氏は、職人気質で仕事が好きなタイプだという。「他社に相談しても、できないと言われたのですが……」と持ち込まれる案件に対して、これまで研究開発をする中で培った技術を応用できるのでは? とチャレンジしてきた。

 「会社も環境変化に伴って、生き残るために変化していかなければなりませんから」と浩一氏は言う。

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