業界初のLinux対応ICEが成功した理由組み込み企業最前線 − 京都マイクロコンピュータ −(2/2 ページ)

» 2005年10月12日 00時00分 公開
[石田 己津人,@IT MONOist]
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「ICE不要論」をはね返す

 特徴の高速性をさらに進化させ、現行主力製品となっているのが、2003年に発売した「PARTNER-Jet」である。ダウンロード速度は、PARTNER-Jに比べて3〜4倍にも高まった。戦略マーケティング部長の植田省司氏は「KMCのベンチマークテストによれば、競合製品に比べると15倍も(ダウンロード速度が)速いケースもある。年々、巨大化する組み込みソフトウェアのデバッグ環境に対応している」と自信を見せる。


PARTNER-Jet PARTNER-Jet


 高速化と同じくPARTNER-Jetで画期的だったのは、マルチコアCPUおよびLinuxへの対応を果たしたことだ。いまから2年以上前の2003年というタイミングを考えれば、JTAG-ICEとして画期的なフィーチャーだった。実際、競合のICEベンダがそれらの機能を実装したのは、かなり後になってからである。

Linuxのデバッグの様子をデモする辻氏 Linuxのデバッグの様子をデモする辻氏

 PARTNER-Jetが登場するまで、組み込みLinuxを使った組み込み機器では、ICEを使ったハードウェアバッグは難しいとされ、kgdb(linux kernel source level debugger)などでソフトウェアデバッグを行うのが一般的だった。MMU(メモリ管理機構)を持つCPUで動作するLinuxの場合、仮想記憶機構の存在により、論理アドレスと物理アドレスが一致しない。さらに、Linux特有のローダブルモジュール(カーネルに動的にロードされる、カーネルから独立したデバイスドライバ)も、どのアドレスにロードされるか外部からは見えず、通常のICEの仕組みが通用しなかった。

 辻氏はこう指摘する。「LinuxにはICEが使えないということで、当時の業界ではICE不要論もあった。ソフトウェアデバッグで十分ではないかと。ほかの(ハード寄りの)ICEベンダにしても、Linuxは未知の組み込みOSだけに、取り組みにくかったはず。それに対してわれわれは、アプリケーションのみならいざ知らず、組み込みLinuxをカーネルからアプリケーションまで精緻にデバッグしようと思えば、ICEは不可欠だと考えていた。そもそもKMCは、社長以下、とんがった技術者が集まったソフトウェア会社。オープンソースであるLinuxの中身を解析することもお手の物だった」。

 実際、PARTNER-Jetには、ターゲットCPUで動作するLinuxシステムをハードウェアデバッグするための仕組みが実装されている。Linux自体に何ら変更を加える必要がない(論理アドレスと物理アドレスの対応関係を読み取るドライバをカーネルに埋め込むことなど)。ほかのPARTNERと変わらない使い勝手で、カーネル、ローダブルモジュール、アプリケーション、共有ライブラリからなるLinuxシステムを一体でデバッグできる。プロセス/スレッド単位でのリアルタイムトレース分析、ハードウェアブレークポイント設定も可能だ。XIP(eXecute In Place)アプリケーション、prelinkライブラリのデバッグにも対応する。

仮想空間上のプログラムもすべて物理アドレスで管理し、通常の組み込みデバッグを実現 仮想空間上のプログラムもすべて物理アドレスで管理し、通常の組み込みデバッグを実現

 ほかのICEベンダが開発に苦労していたLinux向けICEを業界に先駆けて提供できたことは、デバッガ一筋できたKMCにとって面目躍如となった。2003年といえば、Linuxを採用した組み込み機器の開発が急増していた時期である。機器メーカーはのどから手が出るほど、Linux対応ICEを求めていたはずだ。

デバッガによるLinuxカーネルの実行トレース画面 デバッガによるLinuxカーネルの実行トレース画面


 いち早くICEによるLinuxデバッグを実現できたこともあり、ある携帯電話端末メーカーのLinuxを採用した3G端末開発でデバッガとして全面採用された。カーナビやデジタルテレビなど組み込みLinuxを搭載する機器の開発で、KMCのPARTNER-Jetはよく使われている。ここ数年、組み込み機器へのLinux採用が本格化した背後で、KMCが果たした役割は小さくないのかもしれない(注)。

※注
KMCは2005年5月、デジタル家電向け組み込みLinuxの標準化を行う「CE Linux Forum(CELF)」へアソシエイトメンバとして参加を果たした。従来からPARTNER-Jetは「CE Linux」もサポートしていたが、正式参加により、いっそうサポートが強まる見込みだ。

3〜5年先を見越して開発

 しかし、KMCがいち早くLinux対応ICEを投入できたのは、技術力ばかりではない。辻氏がこう振り返る。「マルチコアCPUやLinuxが開発テーマに挙がったのは2000年ごろ。われわれは、3〜5年先の技術トレンドを見極め、先行的に開発を行っている。それは、いまでもチーフエンジニアであり続ける(CEOの)山本の先を見通す力に負っている」。

 20年にわたりデバッガ一筋で組み込み業界と接しているため、パートナーとなる半導体メーカーとの付き合いも深く、そこから業界の技術動向を探る。そして、「東京で情報の洪水に埋もれ、雑事に追われることなく、京都という土地で大局的な視点で業界を見つめている」(辻氏)。

 KMCは経営方針もユニークだ。下請け的な仕事は一切やらない。先行的な開発を行っていながら、すべてオウンリスクである。一般に開発ツールベンダは、製品販売だけでは経営が厳しいので、機器メーカーの開発委託を受けたり、開発協力費をもらって特定半導体メーカー向けの製品を開発したりする。

京都マイクロコンピュータ 戦略マーケティング部長 植田省司氏 京都マイクロコンピュータ 戦略マーケティング部長 植田省司氏

 KMCでマーケティングを担当する植田氏は次のように話す。「他社から費用をもらって製品を開発すると、自分たちのやり方や探求心を貫けず、相手の都合に合わせる部分が必ず出てくる。それは、われわれのような技術で勝負しているベンダにとって、かえってリスクになる。技術者が高いモチベーションを抱けないからだ。マーケティングの立場からいえば、計画的に製品が開発されることが望ましいが、それより大切なのは技術者がモチベーションを持って仕事に臨めること」。

 といっても、無軌道な経営が行われているわけではない。創業以来、少数精鋭で規模を追いかけない経営を貫いているので、経営状況は安定しているという。PARTNER-Jet(リアルタイムトレース付きのモデル20)で29万8000円など競争力のある価格付けで、かなりの販売ボリュームを確保しているようだ。

“何でも屋”にはならない

 PARTNER-Jetを投入して以降も、KMCは次々と話題のJTAG-ICEを世に送り出している。2005年3月からは、オープンソースのIDE「Eclipse」上からPARTNER-Jetの利用を可能にする「Eclipse for PARTNER Cross DevKit」の無償提供を開始した。

 EclipseとPARTNER-Jetの連携は、2003年夏から温めていた企画だ。組み込みソフトウェアが大規模化する中で、開発ツールとしてIDEが求められると見越していたのだ。Eclipseと連携するJTAG-ICEは業界初だろう。

 「専門ツールで勝負していた開発ツールベンダも規模が大きくなると、自らIDEを製品化することはよくある。オープンソースのEclipseは、ある意味でインフラとなるIDEだと思う。この規模のIDEは普通のベンダが担えるものではない。それより、Eclipseというインフラ上で動く、質の高い専門ツールを提供し続けてゆくべき。オープンソースで、プラグインによって機能を拡張するEclipseは、まさにインフラ中のインフラとなってきた。これを活用しない手はないだろう」(辻氏)。

 今後もKMCがこだわるのはあくまでもデバッガ(ICE)であり、開発ツールの“総合ベンダ”になるつもりはないようだ。一方で、対応するプラットフォームの幅はどんどん広げていく構えだ。「Linuxにこだわるつもりはない。逆に、Linuxへの対応で得られたノウハウや自信が、今後はほかのプラットフォームへの対応で生きてくると考えている」(辻氏)。2005年に入ってからは、NECエレクトロニクスの半導体ソリューションプラットフォーム 「platformOViA:Open, Value interface for your Applications(プラットフォームオーヴィア)」への技術参画、T-Kernelへの対応、携帯電話向けOS「Symbian OS」に対応した「PARTNER for Symbian OS」の投入など、積極的な動きを見せている。


 常に先を見越し、業界をリードするデバッガを世に送り続けるKMC。次に実装されるのは、どんなフィーチャーなのか。「さすがに、それは秘密」と教えてもらえなかったが、きっと、業界をリードする開発が進んでいるのだろう。今度は、いつ、どんな驚き(デバッガ)を提供してくれるのか、興味深い。

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