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» 2007年08月08日 11時00分 公開

「失敗学」から生まれた成功シナリオ(1):スクラムのミニチュアモデル (2/2)

[中尾 政之,MONOist]
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もしガラスではなく鉄板だったらどうなる?

 次に、ガラス板でなくて鉄板だったらどうなるだろうか。ガラス板は脆性材料だから割れるが、鉄板は延性材料だから伸びる。だから、割れずに変形する。面白いことに、厚い鉄板の表面にレーザを当てると、照射線を谷折りするかのように鉄板が手前に曲がる。いわゆる、「焼き曲げ」といわれる変形方法である。

 焼き曲げは、船の先頭部のように鉄板を3次元的に曲げるときに用いられる昔ながらの加工手法だ。職人は、右手にレーザではないが、バーナーを持って曲げたいところを局所的に炙(あぶ)って、左手に冷却水のホースを持って周りを冷やす。

 こんな方法で簡単に曲がるのはなぜか。作業を見ていると何とも不思議になる。これを人で説明できないか。

ALT 図2(b) 鉄板を局所加熱する

 局所加熱によって人が熱くなって太るまでは、図1と同じである。しかし、鉄板では周りの人のスクラムが伸びるけれど容易に切れない。そして、最後は熱くて太った人の着ぐるみが図2(b)に示すように、ベコッと凹(へこ)むのである。これは、そこで圧縮の塑性(そせい)変形(*5)が起きたことを示している。

 だから時間がたって鉄板全体が常温に戻ると、人たちは皆やせた同じ体形に戻るはずなのに、実際は着ぐるみが凹んだ分だけ人の列の間隔が短くなって、板は谷折りしたように曲がるのである。

鋼の焼き入れと研磨

 最後に、焼き入れした鋼の板を局所的に砥石(といし)で研磨したら、微細な割れが出ることを説明しよう。だんだんとマニアックになってくる。

 鋼は焼き入れするとマルテンサイト(*6)変態するが、その変態で体積が膨張する。表面だけを焼き入れすると表面は膨張するが、これは図1のモデルを使うと人が太るのと同じである。しかし、表面より深い部分はオーステナイト(*7)(常温だとパーライト(*8)とフェライト(*9))体積は変わらず、人はやせたままである。

ALT 図2(c) 表面を焼き入れした状態

 つまり、図2(c)に示すように、丸棒の断面を見ると、表面の人は太って手足を伸ばしたいが、深部の人はやせたままで太った人が伸びるのを引っ張って連れ戻している。

 表面には圧縮応力が、深部には引張応力が生じる。表面は原子の押競饅頭状態になっているから、表面の傷を始点とするクラックも一緒に押競饅頭で閉じてしまい、表面の硬度が高くなるだけなく、摩耗や疲労に対して著しく強くなる。

 しかし、局所的に砥石で研磨すると、その加工熱で焼き戻しが生じる。つまり、一部のマルテンサイトが元のオーステナイトに戻って、体積が収縮するのである。だが、砥石が当たっていないところは、マルテンサイトで体積が膨張したままである。

ALT 図2(d) 部分的に研削加工熱で焼き戻しされた状態

 図2(d)に示すように、面内の変化を見ると、砥石が当たってやせた人は、砥石が当たっていないところの太った人を囲むようにスクラムを組む。つまり、図1の人たちと同じように、焼き戻しして体積が元に戻って収縮したところ、つまりやせた人たちのスクラムに引張応力が発生し、そこの表面からクラックが生じる。つまり、いわゆる研削割れというものが発生する。



 上述した、ガラス板のレーザ照射時の割れ、焼き曲げ、研削割れ、の3つは現象的にまったく違っている。しかし、図のようなモデルを使うと、これらの現象が人の体格差で説明できる。

 スクラムのミニチュアモデルは1つの一般則である。このようなうまいアナロジーを使うと、似たような多くの難しい現象が分かりやすく説明できる。(次回に続く

編集部注

*5 塑性変形:荷重を掛けて変形させた後、取り除いても材料が変形したままのこと

*6 マルテンサイト:純鉄がオーステナイト状態(下記*7参照)から急に冷却されたときの分子組織の状態。刃物の刃先などに利用される。

*7 オーステナイト:純鉄が1000℃前後の高温のときの分子組織の状態。耐食性に優れている。

*8 パーライト:純鉄がオーステナイト状態から徐々に冷却されたときの分子組織の状態。材料表面に光沢がある。

*9 フェライト:純鉄が911℃以下のときの分子組織の状態。強い磁性を持つ。いわゆる磁性材料。

Profile

中尾政之(なかお まさゆき)

1958年生まれ。東京大学 大学院工学系研究科 産業機械工学専攻 教授。1983年、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了、日立金属入社。1991年、東京大学 工学博士号取得。2007年4月28日放映「世界一受けたい授業」(日本テレビ)に出演。著書に『失敗百選―41の原因から未来の失敗を予測する』(森北出版)などがある。


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