トヨタが気前よくカイゼンを教える本当の理由モノづくり最前線レポート(2) 〜モノづくり経営サミット2007 後編〜(2/3 ページ)

» 2007年11月22日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

イトーヨーカ堂とトヨタの「開かれたものづくり」的な交流

 いまでも週に1回は工場見学を行っているという藤本氏によれば、多くのモノづくり現場を見てきた経験から、一流の会社は固有技術に絶対の自信を持っているし、確かにその部分は素晴らしいのだが、そこから少し外れたところに、モノづくり技術の面からみれば大きな穴が開いていることが多いという。そして固有技術ではない部分をカイゼンするためには、モノづくり技術は産業を超えて共有できるのだという視点が大事だと指摘する。家電業界の固有技術はアパレル業界で使えるわけではないし、その逆もまたない。しかし、モノの流れという面では、今日の家電業界とアパレル業界は似ている。また、お互いに参考にしている。そうやって他業界のノウハウを取り込んでいる企業は、今日の厳しい競争環境の中で優位なポジションを保っているという。

 その実例として藤本氏が取り上げたのは、イトーヨーカ堂の事例である。イトーヨーカ堂は2003年、豊田自動織機の社員を半年間大宮支店に招いて、カイゼン指導を受けた。いわゆるトヨタ生産方式を導入するためである。

 「イトーヨーカ堂にとって、売り場づくりは表の世界、つまり固有技術でありその完成度は高いものがあった。パートの女性社員たちが売り場の担当者なのだが、以前から彼女らに発注権限を持たせている。これは売り場の設計権限を持たせていることと同じ。売り場を数時間観察してみると、時間とともに売り場の設計が変わっていくことに気付く。2時の客、3時の客、4時の客……、と時間ごとに客層が変わっていく。例えば食品売り場なら早い時間に来店する客は年配の方が多く、この人たちは料理を作ることが趣味である場合が多い。こういう客の前に刺身のお造りなどを置いてはダメで、魚を丸ごと、それも売り場の最前列に置いておく。夕方になるとOLの方が増えてきて、仕事を終えてくたびれている人だから料理をする気力はないけれどおいしいものは食べたい、そういう客の買うものは違ってくる。どんどん時間とともにお造りの比率を高めていく。これを毎日、形を変えながら仮説〜検証を繰り返していく。並べ方を変えたら売り上げがこれだけ上がったなどとやっている」

 ところが固有技術から少し離れた部分、イトーヨーカ堂では店舗倉庫(バックヤード)の整理整とんには大きな問題があったという。「倉庫のどこに何が置いてあるか分からない状態だった。ある品物が切れたらどうなるか、初めてストップウオッチを持って計ったところ、倉庫まで歩いて30秒、ここまでは仕方ない、そこでエーとどこにあったっけと探し始めて何分も過ぎる。この時間は、お客さんに対して価値を生み出していないムダな時間である。それまで、こういう稼働分析はやったことがなかったそうだ。そこで、まさに白線引きや整理整頓の基本から始めたという」

 「例えば天ぷらは以前はまとめて全部揚げて、『いまなら揚げたてですよ』などといいながら売っていたが、そうこうしているうちに冷めてしまうのでタイムセールで値を下げていって、最後に売れ残ったモノは処分してしまう。これを毎日やっていた。これを売れる分だけ揚げる後補充方式に変えたところ、設備(ナベ)の生産性は2〜3倍に跳ね上がり、いつも温かい天ぷらが揚がっていると評判になって売り上げも伸びたという。そうやって店舗倉庫のカイゼンがうまく進んだ」

 このプロジェクトの成果発表会の席に招かれた藤本氏は、豊田自動織機の人に話を聞いたところ、「これをやって一番勉強になったのは、実は私たちでした」という答えが返ってきたという。カイゼンを教えた方が、教えることを通じて、相手の会社が持っている一番良いところも見えたというのだ。メーカーにとって、小売店の売り場で起こっていることは、盲点になることが多い。

 「メーカーはマスに売るという考え方なので、100万個製品を作って売ったら、その製品に不満があってクレームをいってくる人は何人かということしか考えてこなかった。顧客サービス、顧客満足度などといっても、クレームが10人より5人の方が良い製品だといった具合に、怒っている客の顔を思い浮かべる傾向があり、製品を買って喜んだり、ビックリしている個々の客の顔をなかなか思い浮かべられない」。藤本氏によれば、そういうメーカーの人がスーパーなどの売り場の表舞台で行われている仕事を見ると、刮目(かつもく)すべきものがあるという。

 トヨタは日本全国でカイゼンを教えており、教える一方じゃないかと思われがちだが、教えていきながらその中から学んでいる。逆に、学ぶべきことがいっぱいあるから、トヨタはああやって気前よく教えているのではないだろうか、というのが藤本氏の推察である。業界を超えて、他社のモノづくり技術を積極的に取り入れていることが「開かれたものづくり」である。

 次ページではアパレル業界のワールドの事例を見ていこう。ほとんどのアパレル企業が中国生産に切り替えていく中、平然と国内生産を続けて業績を伸ばしているワールドの経営戦略には、「期末残存在庫」というキーワードがあると藤本氏は分析する。

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