“日本型モノづくり礼賛論”に死角はないのか?モノづくり最前線レポート(3)(1/2 ページ)

いくら時間がかかってもいいから品質を作り込むのだ、という従来の日本流モノづくりは、今後も通用するのだろうか

» 2008年01月28日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

 世界と日本の自動車業界を分析して数多くの経営論、戦略論を世に問うてきた三澤一文氏が2007年12月6日、シーメンスPLMソフトウェア日本法人の代表取締役社長に就任した。今回は社長就任直後の三澤氏にインタビューを行い、世界と日本のモノづくりの違いを語っていただいた。日本型モノづくりの素晴らしさは認めつつ、三澤氏はその心地よい日本人礼賛論に酔うことへの警鐘を鳴らした。

日本のモノづくりは今後も盤石か

―― 最近、国内製造業各社の業績発表では増収増益が相次ぎ、日本のモノづくりはうまくいっていると思われているようです。この認識は正しいとお考えですか。

三澤 私が2年余り前(2005年6月)に上梓した『なぜ日本車は世界最強なのか』(PHP新書)は、これから先も日本の自動車メーカーは勝ち組でいられるのか、という論調で書いたのですが、この2年で状況はかなり変化しました。日本車の販売台数は順調に伸びていますが、そろそろギアチェンジが必要な時期に差し掛かっています。

シーメンスPLMソフトウェア日本法人 代表取締役社長 三澤一文氏 シーメンスPLMソフトウェア日本法人 代表取締役社長 三澤一文氏

 なぜなら、自動車の低価格化がどんどん進んでいるからです。日米欧の市場は飽和状態に近く、数百万円もする高級車市場がこの先伸びるとは到底考えられません。逆に成長が期待される市場はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)といわれる新興国にシフトしています。これは安い小型車でなければ売れないという状況を意味します。70万円カー・50万円カー・30万円カーと呼ばれる低価格車は市場拡大が確実視されています。

 高級車からコンパクトカーまでフルラインアップで商売をしてきた自動車メーカーにとって、従来の生産方式で、果たして30万円カーのビジネスが成り立つのか。さらに、自動車メーカーがこれまで得意としていなかった電子系やソフトウェア系のテクノロジーがどんどん自動車の中に取り込まれています。

 こうした新興国の台頭や製品の高機能化・多機能化を見ると、自動車メーカーに限らず、これからの日本の製造業は従来の自前主義をある程度犠牲にして、海外企業との連携を強めていかざるを得なくなると思います。

―― 日本と欧米のモノづくりで、何が一番の違いだとお考えですか。

三澤 簡単にいってしまうと、欧米は人材の流動性が高いため「良い品質の製品を安く作る」のが目的ならば、それができる人材をどこからか連れてくればいい、と考えるわけです。つまり、リソースを充実させるという思想ですね。これに対して日本は終身雇用制によって人材の流動性は低く抑えられてきましたから、モノづくりのプロセスを改善して現有のリソースでどれだけ「良い品質の製品を安く作れるか」を追求してきました。

 リソース重視の欧米、プロセス改善の日本、こういったモノづくりに対するアプローチの違いは、そもそも人材の流動性に起因したわけです。ですから、日本人は頭が良くてモノづくりにたけているだとか、日本人だけが一生懸命にモノづくりをしてきたという俗説は当たっていないと思います。日本人には、プロセスを見直していく方法しか生き残る道はなかった、と考えるべきでしょう。

―― 「リソース重視」対「プロセス改善」のほかにも、東京大学 藤本隆宏 教授が提唱されている、日本人のモノづくりは「擦り合わせ(インテグラル)型」、欧米は「組み合わせ(モジュラー)型」という論考もあります。

三澤 このアーキテクチャ論は確かに当たっていて、日米欧の主要企業トップにアンケートを取ると、日本は「製品訴求力向上」を第一に考えるのに対して、欧米は「開発期間短縮」を最優先に考えているというデータが出ます。日本人はモノに魂を込めて作り込むのが伝統的に好きなんですね。しかし、いつまでも「品質の作り込み」にこだわって、国際競争で勝ち残れるのでしょうか。「どうも違うぞ」というのが私の認識です。

 いくら時間がかかっても品質を作り込むためにプロセスを改善していくのだ、という方法で一番問題となるのは人材確保です。気心の知れた仲間がモノづくりの現場を共有する、いわば暗黙知を前提としているモノづくりは、それを可能とする優秀な人が十分にいて初めて可能となる話なのです。ところが明らかに日本の人口は減っています。優秀な技術者はどんどん退職していきます。理系離れなどといわれるように、若い世代にとってエンジニアの人気は落ちる一方です。つまり、プロセスで品質を作り込むというアーキテクチャ論の土台となっている環境(優秀な人材は大勢いる)は崩れ始めているのです。これまで築き上げてきた日本人のモノづくりは、これから先、立ち行かなくなるのは火を見るよりも明らかです。

―― そうすると、アメリカ型のモノづくりに日本が負ける日は来るのでしょうか。

三澤 アメリカの製造業も、同じように人材不足に直面しています。彼らがそれにいち早く気付いたのは、というか気付かざるを得なかったのですが、1990年代以降、優秀な人材はシリコンバレーなどのIT系企業に流れてしまい、フォードやGMに来てくれなくなった。そうはいってもメーカーたるもの、引き続き自動車を造っていかなくてはならない。そこでどんどん部品のモジュラー化を進めて、いってみれば二流の人材でも一定の品質でモノをつくれるように環境を変えていったのです。

 これは決して対岸の火事ではなくて、日本もこれに近いことが起こりつつあります。もちろん日本の優秀な人材はこれからも自動車産業に入っていくでしょうから、アメリカとまったく同じとはいいません。しかし、人材の絶対量は確実に減っていきます。自動車ビジネスというのは、データを取ると人材の絶対量と生産量に明らかな比例関係があります。つまり、人が減れば間違いなく生産できる量は減るのです。日本人は優秀だ、モノづくりに向いている、などと過去の栄光の上にあぐらをかいていられる場合ではないのです。

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