重力に打ち勝つ設計で、事故も防ぐ「失敗学」から生まれた成功シナリオ(7)(2/2 ページ)

» 2008年02月29日 11時00分 公開
[中尾 政之MONOist]
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自重を考慮して、動きを補正する

 先週、大学で修士論文の試問を行った。1人の学生が、外科手術用のロボットを設計した。

 図3(以下)に示すように、直進運動だけでなく、工具の先端部分を中心にハンドが3自由度で回転できるのだが、実に複雑な機構を有している。ところが当初は、位置精度が設計どおりに達成しなかったらしい。

 誤差の大きさは情けないことに3mmも生じてしまい途方に暮れたようだが、その後、機構部がその自重によって“お辞儀”してたわんでいることに気付いた。

ALT 図3 回転自由度ロボット

 そこで、指定する姿勢に応じてたわみ量を計算し、その分だけ逆に動かして補正し、誤差を0.1mm以下にしたそうである。筆者くらいのオジサンだと、「それくらい初めから考えろ」とコメントしてしまう。

 ハッブル宇宙望遠鏡のエンジニアだって自重補正を間違えたくらいだから、素人の学生がそれに気付かないのは当然かもしれない。しかし、自重補正は多くの機械で行われている。

エレベーターのカウンターウェイト

 最も簡単な補正方法にカウンターウェイトがある。近ごろ、エレベーターの扉に透明な窓が付いているので、カウンターウェイトを見ることができる。重い籠(かご)はウェイトと釣り合っているので、モータのトルクは小さくなり、その取り付け台の変形も小さくなるはずである。また、重心の高さも同じだから、エレベーターのシャフトの変形も小さいはずだ。

 実際は乗員の体重分も釣り合わせるべきだが、籠に荷重計を付けるのは面倒なので、普通のエレベーターは最大乗員数の半分の重量をカウンターウェイトに加えているそうだ。だから10人用のエレベーターに1人で乗ったとき、不幸にもブレーキが壊れると、カウンターウェイトの方が重くなり、籠は上昇する。

 2006年、上昇する籠と出口との間に高校生が挟まれるという悲しい事故が起きた。カウンターウェイトが籠+乗員の重力分ときっちり釣り合っていればロープの摩擦で籠は動かなかったかもしれない。少なくともそれが籠の自重だけと釣り合っていれば、籠は下降し、自動的にくさびのブレーキが掛かって事故は防げたはずだった。設計は難しい……。

駐車場の扉にも、自重補正

 筆者の自宅の駐車場の扉は、自重分を補正してあり、軽く持ち上がる。さて、それをどう設計すべきだろうか、という問題を数年前に大学院入試に出してみた。ヒントとして、バネを紹介した。

 例えば、支点を挟んで、バネを扉の反対端に組み付ければよい。バネのカウンターモーメントによって、(扉の自重)×(腕の長さ)のモーメントを相殺する。

ALT 図4 駐車場の扉

 図4に示すように、扉が自動車の前で水平に位置するときに、そのモーメントは最大になる。しかし、自動車を出すために扉を上方に回転すると、自重の向きが腕の向きと同じになって、自重のモーメントは最小になる。だから、バネによるカウンターモーメントもそれに応じて小さくしなくてはならない。

 バネ設計の答えの1つは、扉が上方に位置するときに、引っ張りバネを自然長くらいに設定することが挙げられる。扉が水平になったらバネは引っ張られてカウンターモーメントは大きくなるので、相殺するようにバネの強さを決めればよい。実際のバネは、ぜんまいのようなねじりバネだろう。そういえば製図台にもこのような自重補正バネが付いていた。

 もちろん、バネの代わりに錘(おもり)を付けてもよい。しかし、扉だけでも重いのに、慣性が2倍になってますます回しにくくなる。それに狭い駐車場には大きな錘を付ける空間がない。そういうわけで問題ではバネを用いた。

 ほかにも自重補正方法はある。例えば、一定磁場の中に扉を置き、磁場に直角方向に扉に電流を流せば、ローレンツ力(磁場中を動く荷電粒子が受ける力)を上方に発生させることができ、重力自体を相殺できる。

 また、扉に回転円板とモータを設置して高速回転させれば、自重モーメントを相殺するような反力モーメントを発生でき、「ムラタセイサク君」のように支点回りの倒立振り子として扉を動かすこともできよう。これらは精密測定装置ではよくやる手であるが、駐車場に使うのはあまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)である。(次回に続く

Profile

中尾政之(なかお まさゆき)

1958年生まれ。東京大学 大学院工学系研究科 産業機械工学専攻 教授。1983年、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了、日立金属入社。1991年、東京大学 工学博士号取得。2007年4月28日放映「世界一受けたい授業」(日本テレビ)に出演。著書に『失敗百選―41の原因から未来の失敗を予測する』(森北出版)などがある。


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