職人気質を捨て、改善の成功体験を塗り替えよう失われた現場改善力を再生させるヒント(6)(1/2 ページ)

現場改善支援のプロとして、改善プロフェッショナルの育成にこだわりを持ち続けるコンサルタントが贈る現場改善力再生のヒント集。個々人の現場改善能力を3つのタイプに分類し、それぞれに合った処方箋をお届けする。

» 2008年05月21日 00時00分 公開

職人気質の思い込みから脱却を図る

 さまざまな製造業の現場を拝見していつも感じるのは、そこにいる設計者や作業者本人が「大したことではなく、普段から当たり前のこと」と思っているちょっとした知恵や工夫といったものが、実はその現場に脈々と受け継がれてきた職場の文化というか習慣を反映していて、ある種の理論体系を有しているという点です。その職場の暗黙的な共通認識といってもいいでしょう。職人技も含めて、それ自体が職場や作業者の大きな強みであり、その職場で一緒に働くことによって無意識的に習得していく部分も多くあります。

 こうした知見を習得し、仕事に自信を持てるようになることは、職業人として一人前と呼ばれるための要件にほかなりません。モノづくりの現場では、至る所にベテランと若手が切磋琢磨(せっさたくま)する“道場”が存在し、常に生産技術や設計能力のレベルアップにいそしんでいます。また、商品名ではなくコードネームで呼び合い、仲間内だけで通用する共通言語で会話する様子は、いい意味でこだわりを持った“あうんの呼吸”を体現しています。

 もちろん本連載を読んでいる皆さんも第一線の現場で活躍している方々だと思いますので、自分の仕事に対していろいろなこだわりをお持ちのことでしょう。これまでの業務経験から得られた信念や成功体験といったものは、きっとご自身にとって掛け替えのない財産なのだと思います。

 しかしながら、経験のみによって立証された、あるいは否定されないできていた仕事のやり方にこだわり過ぎて、新しい考え方やツールなどへの好奇心や理解の柔軟性を欠いてしまうと、どうしても他者の意見を受け入れることが面倒になったり、自己中心的な判断に陥りがちになります。第2回「その改善力であと何年、会社は存続できますか」で紹介した「タイプX=ベテラン職人タイプ」の場合が特に該当します。俗にいう“職人気質”があだとなってしまうと、せっかくの素晴らしい固有技術も生かされる場面が制限されてしまうかもしれません。

 その一例として、筆者が現役のエンジニア時代に図1のような新製品向けの「温度制御システム」を設計したときのことをご紹介します。

図1 図1 実験計画法を知っていれば図のような筐体(鉄の塊)を一定温度に保つ温度制御システムの条件出しのために、半年間休日返上で、“個別条件撃破方式”による連続実験を行ったのだが……(© GENEX Partners)

 この実験の目的は、図中にあるような複数の条件パラメータの最適な組み合わせを早く見つけることにありました。これらのパラメータが決まらないことには、製品の外形寸法も電力容量も部品コストも決まらないからです。そしてこうした要因は、製品リリースタイミングに直接影響を与えます。この実験結果がもっと早く分かっていたら、リリース時期を早められたかもしれなかったのです。

 しかし残念なことに、当時の筆者は条件決めの方法として全部の組み合わせを1つずつしらみつぶしに調べる「個別条件撃破方式」で十分だと考えていたため、長期間の実験を計画しました。というよりも、それ以外の実験方法を知らなかったというのが正直なところでした。しかも1回の実験には3〜4日間を要し、さらに実験者による連続観察も必要でした。そのために筆者を含む3人のメンバーが交代で、土日返上の実験を半年間繰り返す羽目になりました。

 涙ぐましい努力のおかげで温度制御システムは無事評価を完了し、実用新案に登録されるまでになりました。しかし「実験計画法」を使っていれば半年もかからずに済むと分かったのは、数年後にシックスシグマのブラックベルトになってからのことだったのです。当時はそれなりの設計経験を積んできて、一人前のエンジニアとして半年間にわたる実験に臨みましたが、いま思うと本当に多くの時間を無駄に使ってしまったと後悔しています。

 「不勉強の結果だよ」といわれればそのとおりですが、当時近くにそうしたアドバイスをくれる方が見当たらなかったことも残念だったと思います。そこにはいっぱしの技術者としての思い込みがあり、ほかにもっと効果的な実験方法があるなどとは考えもしなかったわけです。これは慢心というよりも“井の中のカワズ”だったというべきでしょうか。

 その後コンサルタントになって、いくつかの業種ではこうした品質工学的アプローチや実験手法が大変広く浸透していることもよく分かりました。ただし、シックスシグマなどもそうですが、一見とっつきにくいために方法論の有効性が正しく理解されていないことも多く見受けられます。自分自身の反省も踏まえて申し上げると、やはり世間にはいろいろと便利なツールや方法があるので、常に過去の経験則だけを頼りにするのではなく、周囲や外部の意見や情報を求めることが役立つと思います。

 とはいえ、皆さんのお客さまや競合企業など周囲の環境が激変する中にあっても、現場では簡単に変えてはならないものと早急に変えなくてはならないものとを区別する必要があります。製造業の現場でいうと、前者こそが暗黙知を含む固有技術的能力であり、後者が改善手法を含む現場のマネジメント手法だと考えます。また現場のマネジメント手法そのものは製造業に限った話ではなく、一般的に人を対象と考えれば汎用性の高い、いわば“汎用技術”と呼べるものだと思います。

 例えばISO準拠の作業マニュアルを作成するとか、ITシステムの導入で効率化を進める、といったことが当てはまります。この汎用技術面は、効率化の名の下により良いものを早く取り入れる努力が求められるので、“従来のやり方を変えること(=チェンジマネジメント)”が主な目的とされます。一方、現場改善を推し進めるうえで難しいのが、固有技術面を含む場合です。本連載でも何度か触れてきましたが、問題解決の結果責任を持つオーナーの理解と決断、ならびに従来のやり方を変えることによるリスク評価が不可欠となります。繰り返しますが、プロセス改善だからといって手当たり次第変えることはお勧めしません。

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