BMWの燃費向上の秘密は、バルブトロニックいまさら聞けない エンジン設計入門(6)(3/3 ページ)

» 2008年07月02日 18時29分 公開
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バルブシート

 バルブ機構はほかのエンジン部品とは少し異なった部分があります。通常の部品であれば、油脂類や混合気などが通過する場合は必ずガスケットが組み込まれています。それもそのはず、どれだけ精密に加工をしたとしても金属面同士を合わせるだけでは圧漏れや液漏れが発生してしまうからです。

 しかしバルブフェースが着座するバルブシートは通常のガスケットのような軟材を使用して気密を保つことはしていません(写真7)。

バルブシート 写真7 バルブシート:ある程度擦り合わせを行った後のバルブシートです。銀色の部分が擦り合わせを行った後のバルブ当たり面となります

 言うまでもなく、バルブには“圧縮行程にて加圧された混合気を漏れないように気密しなければいけない”という重要な任務があります。しかしバルブシートは金属でできており、一般的には気密を保ちにくい金属面同士で気密を保持していることになります。エンジン性能に大きくかかわる気密性の保持を金属面同士で行うには、当然、何らかの工夫を施す必要があります。

 バルブスプリングによる非常に強い力でバルブが閉じた際、バルブシートは必ずバルブと接触します。つまり耐摩耗性が優れている素材を選ばなければ、バルブとの摩耗によってあっという間になくなってしまいます。

 それ以前に、バルブシートが削れてしまうということはバルブ本体の取り付け位置がシリンダヘッド上部へと上がっていくことになり、バルブクリアランスがどんどん狭くなっていくことになってしまいます。これはカムシャフトとバルブとの常時接触を意味するので、エンジン性能の低下に始まり、最終的にはバルブとピストンとの接触も起こり得ます。

 つまり“バルブシートが摩耗してしまう、ということはエンジン性能に大きく影響してしまう一大事”といえるのです。また、バルブシートの極端な摩耗のことを「バルブシートリセッション」といいます。

 しかし耐摩耗性という観点だけで見ると、ついつい硬い素材をイメージしてしまいがちですが、それだと気密を保ちにくくなります。さらに別の観点で見れば、バルブは燃焼ガスに直接さらされる部品なので、超高温になります。耐熱性に優れた素材を使用しているとはいえ、継続的に超高温が続けば問題が多く発生します。一番高温になるバルブフェースが唯一接触する部品がバルブシートですので、“バルブが受けた熱をうまくウォータージャケットに逃がす”という重要な役割も必要なのです。要は“耐熱性はもちろん、熱伝導性にも優れている”ことが求められるわけです。

 これらを踏まえて、現在のエンジンに多く用いられているバルブシートの素材は「焼結合金」や「リン青銅」「ベリリウム銅」などです。リン青銅とベリリウム銅は主にレーシングエンジンに用いられています。これらの素材に共通していえることは、優れた耐摩耗性と耐熱性、高熱伝導性があり、接触するバルブフェースへの攻撃性も少ないということです。

 バルブフェースとバルブシートとの当たり面は均一な円環状であることが望ましく、当たり幅は大体1mm前後であることが多いです(バルブの大きさで変動します)。

 この当たり幅を広く設定することでバルブの放熱性を高めることができるので、エキゾーストバルブの当たり幅はインレットバルブに対して広く設定されています。ただし気密性という観点で見れば、当たり幅が狭い方が単位面積当たりのバルブスプリング張力が効率よく働くことになります。レーシングエンジンなどではバルブの温度限界を探りながら、できるだけ当たり幅を狭くするような工夫を施しています。

 バルブフェースとバルブシートとの気密性が悪いときなどには、接触面にコンパウンドを付けて擦り合わして当たり面調整を行います(バルブ擦り合わせ)。新品のバルブシートを組み込んだときなどの大掛かりな擦り合わせを行うときは、バルブシートカッターという特殊工具を用いることもあります。

無鉛ガソリンとバルブシートリセッション

 エンジン性能を大幅に低下させてしまうバルブシートリセッションについて先ほど少し触れましたが、この事象は昔、頻繁に起こっていたのです。その原因としては、ガソリン成分の変化が挙げられます。

 1975年ごろまでは「有鉛ガソリン」が使用されており、ガソリン内に含まれている鉛成分が燃焼によって鉛化合物となってバルブシートに付着していました。この鉛化合物はバルブとの接触時の緩衝材となり、バルブシートの摩耗を防いでいたのです。

 環境問題が発端となった法規制により無鉛ガソリンに統一されました。しかし、専門知識を持たないユーザーが従来通りに給油してしまい、バルブシートリセッションが発生してしまうという問題が起こりました。

 有鉛ガソリン向けに設計されたエンジンで現在の無鉛ガソリンを使用するためには、専用の添加剤などを燃料に加える必要があります。しかし現在、旧車もすでに無鉛ガソリンに対応したバルブシートに組み替えられている場合がほとんどなため、それを意識する必要性がなくなってきています。

 燃料の成分だけでも摩耗度が大幅に変化してしまうことからも、いかにバルブシートに求められる条件が厳しいかが分かりますね。

燃費向上は、バルブトロニックが鍵

 さて最近の車に最も求められている性能は「燃費」だと思います。バルブはその燃費にも大きく影響する部品です。“いかに効率的にバルブの開閉を行えるか”という観点で工夫を施しているのが「可変バルブ機構」ということになりますが、BMW社がいち早く採用した「バルブトロニック」という機構は従来のエンジンに対する先入観を凌駕(りょうが)した発想といえます。かつて可変機構が登場したことも技術者にとって大きな驚きだったでしょうが、いままで当たり前のように付いていたスロットルバルブ(スロットル用の空気弁)をなくしてしまうというBMW社の発想もそれと同じくらいのインパクトでしょう。

 「エンジン出力の効率化を求める上で大きなロスとなるポンピングロスをなくすためには、スロットルバルブをなくせばよい!」

*「ポンピングロス」 ピストン運動の際にバルブやスロットルバルブが閉じていることで発生するロスのこと。

 BMW社はこれを「スロットルバルブの役割をエンジンのバルブに持たせてしまう」という発想により実現させたのです。

 ポンピングロスは、アクセル開度が全開のときは大きな問題ではないけれど、アクセルをほんの少し開いた状態での走行などでは大きなパワーロスとなり、燃費に影響します。ちなみにポンピングロスを活用している運転方法がエンジンブレーキです。

 現在は多くのメーカーがバルブトロニックを追従したさまざまな技術を開発してきています。




 次回は「カムシャフト」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)

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Profile

カーライフプロデューサー テル

1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。



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