ニッポンに圧勝したサムスンのグローバル戦略モノづくり最前線レポート(5)(2/4 ページ)

» 2008年09月09日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]

ものづくりにおける韓国と日本の相違点

 吉川氏の唱える「ものづくり産業地政学」では、

  • ものづくりの経営戦略と開発プロセスは、その国の環境や文化によって異なっているのではないか
  • イノベーションを追求することは、競争優位の源泉につながっているのか

という2つの疑問に着目しているという。前者の疑問に対しては、日本と韓国ではものづくりに対する考え方が大きく異なっているという。

 「韓国と日本は文化がものすごく違う。そしてものづくりの違いは歴史・文化の違いに大きく依存していると強く感じた。韓国は『理』の世界と『気』の世界をはっきりと区別している。『理』とは論理や倫理のことで、『気』とは感情や人情のこと。日本人は仕事中は『理』の世界にいて、アフター5になると『気』の世界に入って一杯飲んでストレスを発散させる。ところが韓国人は『理』と『気』の世界は交わろうとしない」

 これは儒教に由来する思想で、韓国では「両班」(やんばん)を頂点とする身分制度ができた。両班とは官僚制の最高位にあり、貴族的で労働を嫌う精神構造を持つとされる。

 「韓国で『理』の世界の人とは高学歴の人。彼らは頭を使うが、手足を使った仕事をしようとしない。手足を使って働くのは『気』の世界の人で、『理』の人からは一段低く見られている。『理』の人は頭脳で勝負する。これを製造業に当てはめると『企業戦略』に相当してくる。『気』の世界は製造現場のこと。ここが日本と韓国のものづくりで大きく違う部分だ」

 そして「理」の世界で勝負をするサムスン電子は、どのようなものづくり戦略を展開して、世界的な企業に成長していったのか。

グローバル企業の条件とは

 「サムスン電子が高収益を出す源泉を一言でいえば、経営戦略の国際化からグローバル化への転換だ。これは言葉遊びではなく、製品開発戦略、プロセス、組織能力、IT戦略の4つをすべてグローバリゼーションに対応できるよう変革したのだ。サムスン電子に代表される韓国のものづくり企業が大きく変身した契機は、1997年のアジア通貨危機だった。現代グループは財閥解体になり、大宇財閥は散り散りバラバラ、そうした中サムスンも大変危険な状態だった。そのときに、真剣にグローバリゼーションとは何かと考えて、大きな変身を遂げた」

 それではサムスン電子のグローバル化戦略を吉川氏の言葉に従って要約してみよう。

R&Dのグローバル化

 「ものづくりのグローバル化とは、市場が大きくグローバル化してきたということ。市場のイノベーションが起こっている。調達がグローバル化されている。これに対応するためR&Dのグローバル化が求められている。ところが日本はここに気付いていない。以前、経済産業省が日本の主な企業に国際分業に関するアンケートを取ったところ、R&Dを海外に移している企業は1つもなかった。いまもないだろう。設計に関しては、生産技術のところだけ数社が海外移転しているが、設計・開発の機能はほとんど海外移転されていない。ほとんどの企業は工場を移転しているだけである」

図1 研究開発拠点の立地 図1 研究開発拠点の立地(2004年12月、経済産業省調べ、n=394)
ものづくり政策懇談会(第1回)配付資料より転載

 これに対して、サムスン電子は韓国のほかに、日本、ヨーロッパ、アジアなど主要な市場ごとの拠点に本社機能を持たせているという。各本社に、R&Dから設計・開発を含めて、現地の市場特性に合った製品を開発しているのだ。

ものづくりのデジタル化

 「ものづくりがデジタル化すると、QCDがいままでの考え方とまるで違ってくる。日本は中国、タイ、マレーシアなどに工場を移転させた。つまり人件費の安いところへ出て行ったという戦略だが、これはアナログでものづくりをしてきた時代の考え方である。アナログ時代は人件費が製造原価に占める割合が非常に高い。ところがデジタルなものづくりになると、製造原価に占める人件費の割合なんてせいぜい1〜3%程度。だから、仮に人件費がゼロになっても3%のコスト削減にしかならない。人件費削減など、あまり意味がないということ。デジタル化はものづくりを非常に大きく変えている」

 日本企業のように、生産部門だけを海外移転させても、グローバルな競争力につながらないということだ。それでは、なぜサムスン電子は海外に出て行く必要があったのか。

人材育成のグローバル化

 「国際化とは、海外に工場や拠点を持っていたり海外の企業に投資していること。日本はほとんどの企業が国際化にとどまっている。これに対してグローバル化というのは、市場として期待される地域に開発拠点や工場を置いて、その国の文化に合った地域密着型のものづくりをすることだ。この地域密着型というのが大切で、サムスン電子は人材育成を根本から変えた。例えば中国に行くなら中国語を覚える、インドならヒンドゥー語、ブラジルならポルトガル語といったように、海外拠点に派遣する社員には現地語の教育を徹底して実施した。現地の言葉で話さなければ、その国の文化は分からない。そういった人の育成から組織の作り方まで徹底して現地に合わせて変えていったというのが、サムスン電子のグローバル化だった」

 こうして地域密着型の製品開発を目指したサムスン電子だが、肝心の開発プロセスはどのようになっているのか。

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