技術伝承をうやむやにしたツケは誰が払うのかものづくり白書2008を読み解く(後)(2/2 ページ)

» 2008年09月12日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]
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では、日本のエンジニアは大丈夫か

 高度な技術を持つ団塊世代が大量に退職する「2007年問題」について、かつてほど声高に報道されることはなくなった。この要因については後ほど考察するとして、まず白書が示すものづくりエンジニアに求められる能力についてアンケートを行った図6を見てみよう。5年前と現在を比較してまず目に付くのは、5年前は28.3%でトップだった「特定の技術に関する高度な専門知識」が、17.7%の3位に後退していることだ。

 この10.6ポイントの減少分はどこへいったのかというと、代わって回答のトップに立った「複数の技術に関する幅広い知識」で17.6%から21.0%へ3.4ポイントの上昇、2位の「生産の最適化のための生産技術」で14.7%から18.3%へ3.6ポイントの上昇である。エンジニアに求められる能力は、専門性より汎用性が増加していることが分かる。この変化は、限られた開発者で数多くの品種を開発し、なおかつ生産コスト削減の圧力が強まっていると見ていいだろう。

 4位に入ったマーケティング能力を示す「ニーズ調査・分析などを通してユーザーニーズを的確に把握し、それを製品設計化する能力」が4.1%から8.5%へと2倍以上に増えている点も注目できる。特定技術を極めて品質向上にまい進するかつての職人型ものづくりから、マーケット重視のものづくりに変化する兆しと見て取れないだろうか。白書でもBRICsなどの新興国市場で成功した韓国メーカーの製品開発を紹介して、これからの日本企業もユーザーニーズを取り込む商品開発力が必要だとしている。

図6 技術系正社員に求められる最も重要な知識・技能 図6 技術系正社員に求められる最も重要な知識・技能
(出典:2008年版ものづくり白書 図221-10)

 こうしたエンジニアに求められる資質の変化に対して、企業はどのような人材育成策を取っているのか。白書が示すものづくり企業の人材面における課題では、いわゆる2007年問題と呼ばれるベテラン社員から若手社員への技術継承問題である。特に中小企業では若い世代の人材定着が困難であり、ベテラン社員の退職に伴って技術が失われる影響について、24.7%が「影響がある」、35.0%が「当面影響は小さいが、いずれ問題となる」と回答し、両者を合わせると約60%が危機感を持っている。製造業全体の調査でも、51.6%の企業が技術継承に問題があると答えている。そして問題なのは、その対策だ。

迫りくる危機とお粗末な対策

 団塊世代の退職に伴い技術伝承に問題があるとした企業で、何らかの対策を取っていると回答した企業は86.1%、その内容を聞き取ったのが図7である。何と最も多かった対策は「必要な者を雇用延長、再雇用し、指導者として活用している」の69.6%だった。これは対策というより、単なる時間稼ぎ、問題の先送りではないだろうか。2位の「中途採用を増やしている」の39.6%も、日本の技術者不足には何ら貢献する対策ではない。

図7 製造業における団塊世代の退職などにより発生する技能の継承問題の有無および対応状況(複数回答) 図7 製造業における団塊世代の退職などにより発生する技能の継承問題の有無および対応状況(複数回答)
(出典:2008年版ものづくり白書 図221-13)

 一方、積極的に技術を伝承しようとする活動は、「伝承すべき技能等を文書化、マニュアル化している」が19.7%、「伝承すべき技能・ノウハウ等を絞り込んで伝承している」が19.0%、「特別な教育訓練により、若年・中堅層に技能を伝承している」が17.9%と、いずれも低調な数字にとどまっている。定年延長などの付け焼き刃的な対策で手に入れた猶予期間はほんの数年にすぎない。この間に、できるだけ技術を伝承しなければものづくり企業として生き残れないのは十分承知のはずだが、なぜ対応が進まないのか。

 技術伝承がうまくいかない理由について複数回答で尋ねたところ(図8)、最も多かったのは「先輩従業員が忙しすぎて後輩従業員を指導する余裕がないから」で59.1%だった。バブル経済崩壊後の「失われた10年」で大規模なリストラ、新卒採用の抑制を行った結果、ものづくり企業では中堅技術者の絶対数が不足しているとの指摘はよく耳にする。そこで即戦力となるベテラン組の再雇用や中途採用に頼っているというわけだが、これでは根本的な解決にはならない。

図8 技術系正社員の育成がうまくいかない理由(複数回答) 図8 技術系正社員の育成がうまくいかない理由(複数回答)
(出典:2008年版ものづくり白書 図221-20)

 次に多かった回答の「効果的に技術者の教育訓練を行うためのノウハウが不足しているから」の41.6%は、標準化の苦手な日本人の欠点が露呈した形だ。できるだけ作業を標準化してマニュアルを整備し、成果や習熟度を定量的に測定できる仕組みを作り出せていれば、技術伝承の効率は向上するはずだ。ところが、日本人はどうしても個人の技量に依存する“匠(たくみ)の技”に走りがちなので、技術を伝承する効率が上がらないのだろう。

 日本のものづくり企業は、今後成長が見込まれる新興国市場でグローバルな競争に打ち勝っていかねばならない。そのためには、これまで以上に仕向け地ごとの細かな市場ニーズを製品に反映する必要がある。つまり、ますます設計開発の業務は拡大していかざるを得ないのだ。それに対して、日本の人口は減少し、若者の理科離れは進む一方である。引き続き日本がものづくり大国であり続けるには、不足する技術者を海外から補う以外にないだろう。

 米国のP&Gでは、R&D(Research and Develop)からC&D(Connect and Develop)へと方針転換して、積極的に社外から製品開発の提案を募り、最終的にイノベーションの50%を社外調達するという目標を掲げている。韓国企業では、主要な市場ごとに本社機能を分散させて、研究開発から新製品開発までを行う体制を敷いているという。日本のモノづくり企業もある程度の技術流出は目をつぶる代わりに、低コストで技術者を確保でき、かつ現地の市場ニーズを素早くフィードバックできるメリットに着目して、海外の技術者と共同で新製品開発を行う方向を模索するべきではないか。

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