動力を断続するクラッチは回転してアッチッチいまさら聞けない シャシー設計入門(2)(3/3 ページ)

» 2009年04月23日 11時00分 公開
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レリーズ“ベアリング”なのは、どうしてか?

 さてモヤモヤを残したままだったレリーズ“ベアリング”の説明に戻りましょう。

 レリーズベアリングはダイヤフラムスプリングを引き上げる役割を持つと先述しましたが、そもそもダイヤフラムスプリングとは、クラッチカバーに取り付けられている部品です。

 つまりレリーズベアリングは、エンジン回転と同じ回転数で常に回転しているのです。回転している部品に接触すれば、お互い金属なので大きな摩擦が発生してしまいます。摩擦によって熱が生じ、部品同士で削り合ってしまうでしょう。

 そこでダイヤフラムスプリングに「Iの字型」のベアリング(=レリーズベアリング)を設け、その上耳の部分をレリーズフォークで引き上げることで、お互いの摩擦を低減しているのです。

レリーズベアリング 写真8 レリーズベアリング 下耳の部分がダイヤフラムスプリングと接触している(前ページ 写真7 クラッチカバーを参照)

 以上がクラッチの基本的な構成部品と作動の流れになります。

クラッチの構成部品に要求される性能とは

 これまでは油圧式のクラッチについて説明をしてきました、油圧を用いない「ワイヤー式」のクラッチもあります。しかしワイヤーの伸びや破断などのリスクを考え、いまは油圧式が主流となっています。

 続いて、クラッチを構成している部品に求められる性能について、少しだけ説明します。

 クラッチの構成部品の中で非常に過酷な条件を求められるのはクラッチ本体です。何といってもエンジン回転と同じ高速回転をすることになりますので、まずはその遠心力による破損(バースト)を考えなくてはいけません。

 単純に高速回転するだけであれば、回転による振れなどを防ぐためにバランスの取れた製造レベルを追求すれば解決します。回転による振れはクラッチ本体だけでなく、全ての回転部品に求められる基本性能ですのであらためて取り上げる必要はありませんね。

 クラッチ機構は、半クラッチなどで摩擦が発生するため、どうしても熱が発生します。そこへさらにエンジンから伝わってくる熱も加わって、非常に高温になります。その状態で高速回転するわけですが、クラッチディスクにはプレッシャプレートと直接接触するクラッチフェーシングや接触時の振動(ジャダー)を抑制するためのダンパスプリングなどが組み込まれていますので、金属の一体成型部品よりもバーストする可能性が非常に高くなります。そのうえで、シフトチェンジにおける操作力を軽くするためにできるだけサイズは小さい方が良いので、耐熱性はもちろん耐摩耗性や耐バースト性を考慮した素材と部品構成が必要となります。

 これらを踏まえ、『自動車用クラッチフェーシング』(JIS-D4311)では、クラッチディスクの基本的材料についての規格も決められています(参考:三栄書房『大車林―自動車情報事典』)。

 昔はブレーキパッド同様にアスベスト(石綿)が使用されていましたが、いまは銅系の金属線などを合成樹脂とともに加熱成型した物(セミメタリック)が主に使用されています。

クラッチフェーシング 写真9 クラッチフェーシング 溝(スリット)は摩耗粉を効率よく排出するために設けられる。フェーシングはリベットで組み付けられる

 プレッシャプレートは、主に鋳鉄製です。摩擦によって生じる熱を受け入れられる熱容量、放熱性や熱ゆがみの防止を考慮する必要があります(クラッチカバーの写真を参照)。フライホイールはエンジン特性を考慮した形状で、プレッシャプレートよりもサイズが大きく熱容量に関しては非常に有利です。

 半クラッチなどの多用はクラッチの早期摩耗につながるということは何となくご存じの方もいらっしゃると思いますが、要はクラッチディスクがフライホイールとプレッシャプレートに完全に圧着されていない状態(滑っている状態)ですので、クラッチディスクは熱を発生しながら摩耗している状態です。

 発進時などに急激に車重をエンジンに与えてしまうと慣性力を超えた負荷が掛かってエンストしてしまいますので、半クラッチで少しずつ負荷を与えなければいけません。

 しかし必要以上の半クラッチは熱容量を超えた過熱を招き、クラッチ焼け(写真)が発生することにもなります。

クラッチ焼け 写真10 クラッチ焼け 軽度なクラッチ焼けでも車内に異臭が漂う

 クラッチ焼けは部分的に表面の摩擦係数が変化し、スムーズな発進ができない状態になったりクラッチ滑りを起こす原因にもなります。最悪の場合はプレッシャプレートが歪んでしまい、正常に走行できなくなることもあります。

 運転技術に大きく左右されるクラッチ操作ですが、上達すれば半クラッチはほとんど使わずに発進できるようになります。

 クラッチ機構をイメージしながら運転することで、各部品の消耗も少なくトラブルを未然に防ぐことができますし、運転自体も非常に楽しくなります。どんどん少なくなってきているMT車ですが、車を操っているという楽しみはクラッチ操作なくして味わえないと筆者は思います。10万キロ経過してもクラッチ無交換ということも、操作次第では十分に可能です。

 今回の解説を参考に、クラッチ機構をしっかりと理解し、さまざまな分野で活用していただければ幸いに思います。



 次回は「オートマチックトランスミッション」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)

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Profile

カーライフプロデューサー テル

1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。



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