消費者も製品開発に積極参加する時代だペイリン眼鏡の川崎教授も登場

» 2009年06月02日 00時00分 公開
[小林由美,@IT MONOist]

 ダッソー・システムズ(以下、ダッソー)は2009年6月1〜2日、東京・台場で「JCF 2009」を開催した。ダッソー・システムズ 社長兼最高経営責任者 ベルナール・シャーレス(Bernard Charles)氏が来日し、6月1日には同イベントで講演を行った。

 シャーレス氏は同社の景気について「2008年は、通期でみれば、まずまずな年だった。しかし2009年は大変深刻な年、つまり変革の年といえる。モノづくりを変革しなければならない」と述べた。シャーレス氏は講演中、「新モノづくり」(彼自身も「Shin Monozukuri」と発音した)、「サスティナブル・イノベーション」(持続可能な改革)といったキーワードを繰り返した。 

ダッソー・システムズ 社長兼最高経営責任者 ベルナール・シャーレス(Bernard Charles)氏

 上記キーワードをかなえる手段として、今後の同社は、「消費者の体験」と「オンライン・コミュニティブーム」を生かした取り組みを行うという。

 従来の消費者はパッシブ(受動的)だったが、いまの消費者はアクティブ(能動的)になってきているとシャーレス氏はいう。「いまの消費者は店に訪れる前に、製品に関する情報をインターネット上ですでに仕入れていて、どれを買うかまで決めている。また、私たちも含む消費者は、とある製品に関する豊富な経験を持っていて、アイデアも持っている。その声は、すなわち(開発するものにとって)新しいメッセージ。そこに耳を傾けていくことが今後はより重要となる」(シャーレス氏)。消費者がWebを通じて直接、メーカーサイドにアイデアが伝えられるようなプラットフォームを同社が作っていくとのことだ。

 「世の中の製品はスマートになってきている(スマートフォンなど)。設計・製造側もスマートであるべき」(シャーレス氏)。スマートな製品は複雑であり、ある専門家がその専門分野に関する情報だけに向き合っていればいいわけではない。異なった分野のノウハウ、ナレッジ、IP(知的財産)を共有し、そこでうまく連携していくことが不可欠となっていく。

 同社製品群では、上記で述べた事情を踏まえ、3次元による「ライフライクエクスペリエンス」(擬似体験)を提供していく。すでに世の中の人は3次元の世界を受け入れていて、それが(例えば音声や画像のような)万国共通の“言語”として機能しているとシャーレス氏はいう。これからは、3次元の世界を通じて体験をし、考え、そして情報を共有したうえで、設計や生産を行っていく。それを「次世代PLM(PLM 2.0)」とシャーレス氏は呼ぶ。単に製品のライフサイクルマネジメントを提供するのではない。「製品に命を吹き込む、すなわち、生きた設計を行うこと」(シャーレス氏) 。

 「多くのミスやエラーもまた、コストの一部」(シャーレス氏)。実機で何万回と繰り返さなければいけない実験は、バーチャルの世界の中なら数秒で済むことさえある。バーチャルの世界でとことん検証し、実機の評価は1回で済ますといったこともやろうと思えば可能となる。実機試作台数も、実機ができてからのエラーも減らすことができる。「バーチャルな環境なら、空間だけではなく時間も操れる」(シャーレス氏)。

 上記の改革は継続可能であることも重要だという。同社のいうサスティナブル・イノベーションとは、開発コストの削減から、ソフトウェア使い勝手をよくすることまで、あらゆる場面の効率化を図るための手段を投入し、モノづくりのシステムを長い間運用しやすく最適化していくこと。

 同社製品を使い続けてもらうためにも、操作面もシンプルで使いやすくあるべきだと同社は考える。3次元CADの機能面なら、モデルの面やエッジをドラッグするだけで寸法が変更可能といったアイコンレスな操作性、メニュー内の機能削減もその一環だと説明した。

 上記に関連し、顧客がノートパソコンにWebカメラを付けてほしいと3次元オンラインコミュニティの「3DVia.com」*ベータ版経由でリクエストし、その情報を設計リーダーが「ENOVIA」経由で受け取り、「3DLive」で設計リーダーと個別の設計担当がコミュニケーションを取りながら、「CATIA V6」で設計データに反映し、さらに「DELMIA」を使い生産ラインの指示へも反映させる様子をデモンストレーションした。

デモンストレーション:写真は「3DLive」による設計者とリーダーとのやりとりの様子。「ここにカメラが付くので、電子基板でも変更を反映して

ください」

 PLMは、重工業や電化製品、自動車の業界だけに限らず、化粧品やアパレル、ビジネスサービス分野にまでおよぶ。同社の顧客の属する業界も多様化しているという。また同社は全日本学生フォーミュラ大会など教育の現場に今後も積極的に投資をしていく方針だ。

 同イベント内では、プロクター・アンド・ギャンブル社、パナソニック電工、ニコン、鹿島建設など同社ユーザーの事例も紹介した。「建設業界ではいまだに2次元の設計が普通。ただ、これは大きな問題であり、(環境問題が重視される中で)エネルギーや材料も考慮していかなければいけない時代。鹿島建設の事例はそれに先取っている」(シャーレス氏)。

ペイリン眼鏡の川崎教授、日本のモノづくりについて語る

 同イベントの6月1日のセッション内で、デザインディレクターの川崎和男氏(大阪大学大学院 教授、名古屋市立大学大学院 名誉教授)が登壇した。

 川崎氏は開口一番、「3次元CAD(の現状)には非常に不満。以前、他所の講演でも述べたが、3次元CADはあまりにも遅れている」と述べた。川崎氏はこれからのデザインには4次元CADが必要だという。

 「ダッソーさんから講演の話をいただいたのはいい機会。同社製品の発展にも協力したい」(川崎氏)。

 4次元CADとは、3次元モデルに時間の概念を加えたもの。川崎氏はその1つの例として、遺伝子デザインと人工心臓研究に活用する例を出した。川崎氏の研究室では東京大学と共同で人口心臓の研究を行っている。その研究の一環で、人工心臓をヤギにインプラントして検証していたが、それでは長時間経たなければ結果を評価できない。4次元CADを利用すれば、長時間経過するのを待たずに結果を見ることができ、動物も使わなくて済む。

デザインディレクターの川崎和男氏:大阪大学大学院 教授、名古屋市立大学大学院 名誉教授

 川崎氏は、上記のような医学の分野のみで活躍しているわけではない。これまで、幅広いデザインの世界に携わり、その発展のために力を尽くしている。

 昨年の秋ごろ、ニューズウィーク誌の記事がきっかけとなり、米国 第11代アラスカ州知事で当時、共和党の副大統領候補だったサラ・ルイーズ・ペイリン(Sarah Louise Palin)氏が身に付けていた日本製眼鏡フレームが大きな話題となった。それをデザインしたのが川崎氏だ。

 ペイリン氏使用モデル「MP-704」(増永眼鏡 製)は縁なし(リムレス)タイプで、レンズ固定にネジを使用していない。部品点数も、通常の眼鏡フレームは50数点になるところを、このモデルでは20数点程度に抑えたという。「デザインは、欲望を刺激するためだけのものではない。数字まで考えるのが、本当のデザイナーの仕事」(川崎氏)。

 レンズ固定部にはニッケルチタン合金、テンプル(耳にかける部分)にはβチタニウムを選択し、フレームの軽量化を徹底的に図りながら、強度も保つ。またモダン(フレーム先端部)に使用されるのは一般的にシリコンが多いそうだが、MP-704では川崎氏が独自に開発した高密度エラストマを採用した。「シリコンはUVを吸収してしまう。MP-704のデザインはコスメティック(美容)とメディカル(医療)の両側面を考慮した」と川崎氏は説明した。

ペイリン氏使用モデル「MP-704」(増永眼鏡 製)の設計

 今日の日本製造業の不景気は、資本主義により起こる階級社会が作り出す経済構造や思想(資本主義そのものに問題があるということではない)も原因だと川崎氏は指摘する。 川崎氏は「PKD(Peace-Keeping Design:ピース・キーピング・デザイン)」を提唱している。PKDでは、プロダクトデザインを軸として紛争地域などの貧困や衛生状況を改善するための活動を行っていく。「1日5ドルで生活している人は、全世界に45億(約60パーセント)もいる。現在の日本製造業マーケットの視野には入っていない部分だ」(川崎氏)。これからの日本はモノづくりを通してこの層の人たちも支援していきながら、かつ日本モノづくりの本来のよさを見直していき(「伝統主義への回帰と創生」)、それらにより経済を活性させていけばよい、そして世界に尊敬されるモノづくりをしてもらいたいと川崎氏は述べた。

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