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» 2009年06月19日 14時38分 公開

経済研究所 研究員は見た! ニッポンのキカイ事情(1):3Kから5Sへ。華麗なる変身を遂げた町工場 (2/2)

[山本 聡/機械振興協会 経済研究所,@IT MONOist]
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 特殊な加工技術である治具研磨加工には、写真4に写っている専用の治具研削盤が必要になります。これは「大企業でも自社工場内に内製用の治具研削盤が1台置いてあるかどうか」といわれるほど特殊なものです。そうした特殊な工作機械を同社は13台保有、そしてその全てが治具研削盤業界では世界最高のブランドである米国ムーアツール(MOORE TOOL)社製で占められています。

 まとめると、イシイ精機とは

  1. 大企業にもあまりないようなニッチな技術分野で
  2. 世界最高レベルの特殊工作機械を多数そろえた
  3. 従業員数13名の小規模零細企業

ということになります。

 同社はこうした高精度の技術力を基に、F1マシンのエンジン部品の加工も手掛けていたことがあります。F1は世界最高峰のモータースポーツであり、世界中の有名自動車企業が自社の技術力の威信をかけたエンジン開発競争を展開しています。そうやって製作されたエンジンの中に横浜市の町工場で加工された部品が搭載され、F1マシンとして世界各国で開催・TV中継されるレースで疾走しているというのはとても痛快なことではないでしょうか。また、韓国の大手企業が同社HPを通じてその技術力を知り、技術者を派遣してきたこともあるそうです。そんなこんなで現在、同社は国内各地の企業300社以上と取引関係があります。

筆者注:治具研削盤

CBN(立方晶窒化ホウ素焼結体)砥石などの研削工具を高速回転させて、極めて高い加工精度で内外直径や異形状の研磨仕上げを行う研削機械。加工精度は±0.002?以下

 以上のような特有の技術力や経営実績を広く評価され、同社は2009年1月に神奈川県優良工場として表彰されています。これは、従業員10人ほどの企業にとって極めて異例のことです。

2.イシイ精機の今は昔〜3Kの代名詞から5Sの代名詞へ〜

 ただしイシイ精機が現在のような姿で操業するようになったのはごく最近のことです。ここに、かつての同社の工場の様子を写した写真があります(写真6)。

alt 写真6 10年前のイシイ精機 まさに隔世の感です

 非常に暗く、工作機械が雑然と並んでいるのが分かるかと思います。現在の整然として美しい工場とはまったく異なった雰囲気が漂っています。まさに筆者が冒頭に述べた「きつい」「きたない」「きけん」な3Kの町工場そのものといった感じです(再び失礼!)。

 同社はほんの5、6年前まで将来を見据えた「人材採用計画」や系統だった「人材教育プログラム」も何もなく、“背中をみて技術を盗め!!”という言葉だけが響き渡る漫画に出てくるような町工場でした。

 現社長の堺さんは奥さまの実家である同社に入社された際に自社のモノづくり現場を見て、

「この会社、なんとかしてくれないかな。日々の仕事をただこなしているだけで、将来が不安でしょうがない」

……と痛切に感じたと述べられています。

 こうした問題意識を出発点として、堺さんは社長に就任された後、さまざまな改善活動を実施していきます。まず、異業種交流ネットワークに参加、そこで出会ったコンサルタントの方を自社に招聘(しようへい)したうえで、「企業理念の策定」「中期目標、単年度目標の設定」「各種教育プログラムの構築」といった施策を立て続けに行っていきます。そのうえで、同社は社長・従業員全体で「TPM(Total Productive Maintenance:全員参加の生産保全)」や「5S」を徹底していくことになります。そうした血と汗と涙の果てに、かつての「3Kの代名詞」のような町工場から、隅々まで手入れの行き届いた「5Sの代名詞」といえる町工場へと変貌(ぼう)していったのです。

筆者注:イシイ精機の施策

イシイ精機の施策について、詳細にご興味がある方は、堺裕之[2009]「イシイ精機の企業体質改善の経験から」機械振興協会 経済研究所(山本聡 編)『国内中小製造業におけるネットワークの創発と取引多様化戦略』をぜひご参照ください。堺さんの熱い想いが掲載されています

 堺さんが社長になる以前は50歳以上だった従業員平均年齢も、毎年1人は新入社員を獲得することで30代前半まで下がっています。年齢が高くなると、人間保守的になってしまうことが多々あります。すると、どうしたって企業全体の活力に陰りが出てしまいますよね。フットワークも重くなり、なかなか「新しいことをやっていこう」という雰囲気にはなりづらいといえるでしょう。そのため、上に挙げた継続的な人材獲得も同社の改善活動を成功に導いた要因の1つだと思います。

3.大手も中小も一丸となって、改善・改善・改善!

 以上、横浜市のイシイ精機という企業と治具研磨加工という技術を事例に、中小企業の優れたモノづくり現場の1つを紹介しました。中小企業・町工場は国内だけで何十万社とあります。その多くが規模こそ小さいものの、それぞれ大企業にはない特有の技術を軸に操業されています。モノづくり現場の改善活動に心血を注いでいるのは、トヨタ自動車など大企業だけではありません。イシイ精機のような、いわゆる小規模零細企業・町工場でも常日頃の血のにじむような努力からモノづくり現場を良くすることにまい進しているのです。日本のモノづくりの基盤は、ちまたで有名な大企業だけでなく、こうした数多くの中小企業・町工場にも支えられているものだといえるでしょう。

 冒頭でも少し述べたように、設計者がよりよい設計を行うためにはモノづくり現場に関する幅広い知識が必要になります。これは、日本の中小企業のモノづくり現場への知見・理解とおおよそイコールだといえるでしょう。そして、そこには単なる技術だけでなく、さまざまな人間ドラマがあります。本連載では次回以降もこうしたことも伝えられればいいな、と思っています。

主な参考文献】

  • 堺裕之〔2009〕「イシイ精機の企業体質改善の経験から」機械振興協会 経済研究所(山本 聡編 )『国内中小製造業におけるネットワークの創発と取引多様化戦略』
  • 「イシイ精機に見る町工場の改善展開と人材育成―イシイ精機―」『型技術4月号』日刊工業新聞社 2009年3月
  • 「町工場は技術力だけでなく、見た目でも勝負だ−イシイ精機−」『工場管理4月臨時増刊号』日刊工業新聞社 2009年3月

 筆者より、読者の皆さまへ:本連載の感想を送っていただけますと筆者の励みになります。

Profile

山本 聡(やまもと さとし)

1978年生まれ。機械振興協会 経済研究所 研究員として金型など素形材産業・中小企業の調査研究業務に従事、全国各地の企業を訪問する日々を送っている。日刊工業新聞社『型技術』、『機械設計』、工業調査会『機械と工具』など企業経営者や技術者向けの雑誌に産業・企業動向に関する多数のレポートを寄稿する一方、国内外でさまざまなセミナー講師も務めている。一橋大学 経済学研究科 博士課程に在籍中。連絡先:yamamoto◎eri.jspmi.or.jp(電子メール送信時は、◎を@に変えてください)


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