夢と苦労を詰め込んだGXRの設計(下)隣のメカ設計事情レポート(5)(3/3 ページ)

» 2010年02月19日 00時00分 公開
[小林由美@IT MONOist]
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 その不快感を解消したのは、音だった。「静かに」というリクエストとは、逆。

 「カシッと音を鳴らすようにしてみたら、『これだっ!』という感じだったのです。音が鳴ると、操作に安心感が出るようなのです。事業部のトップや企画担当にも試してもらいましたが、共感してもらえました。静かなら、とにかくいいわけでもないようです。このとき、メカというのは、力量だけでなくて、五感を使って操作するものなんだな、と実感しました。結局、頭の中だけで考えても分からない部分があるということですね」(篠原氏)。

 また、鳴らす音にもこだわった。試作初期では、ユニット同士の引っかけ部とロック解除レバーの揺動部とがほぼ同時に当たるような設計だったが、それだと何だか音が濁ってしまう。なので、当たる個所をユニット同士の引っかけ部の1カ所に絞り、そのレバーのバネ力を強くしてみたところ、非常に安心感のあるクリアな音になったとのこと。

 ロック解除レバーの操作部とレバー部(下図参照)が一体で揺動する構成にしたことで、「ロックが掛かっているか、掛かっていないか」操作部の動きで直感的に分かる機構にもなったという。カメラユニット装着時、ロックが掛かり始めるとレバー操作部の凸がぐぐっと内側(押す方向)へそれていき、ツメが引っかかった瞬間、レバー操作部は元の位置に戻ってカチャッと鳴る。

ロック解除の3次元モデル:水色が操作部、黄色がレバー部

 「モノを実際に作ってみないと、分からないことが結構あるもの。GXRも、試作初期と比べると、だいぶ形状が変わりました。特に操作感に関しては、何度かの試作がなければ、ここまで完成度を上げられなかったと思います」(篠原氏)。

製品の形状(本体ユニット)
製品の形状(カメラユニット)

 「数値化できない部分を極力なくそうという話も、過去ありました。ただ操作に絡むところはCAD上だけの判断ではどうしても難しいです。ボタンの操作系で新しい仕組みを取り入れる場合は、その周辺だけでも切削品で試作します。寸法値だけでは評価できません」(篠原氏)。

レリーズボタンも、操作感が大事

 数値だけで評価できない例としては、レリーズボタン(シャッターボタン)の設計が挙げられる。シャッターが下りるまでボタンを押したときの力量はどうか、など数値化して評価する部分もあるが、最終的には人の感覚が頼りになってくる。またシャッター押下時の安定感がなければ、撮影時に画像がぶれてしまうことも起こり得る。

 「自社のGR DIGITALのIとII、それから競合他社製品のカメラのレリーズを押したときの力量とストロークを調べてから、社内のさまざまな人に『深すぎる』『軽い』など、感覚的な押し心地について意見をもらいました。それらの結果をグラフにまとめて、評価しました」(篠原氏)。

 単品で評価した場合と複数の機種で相対評価した場合とでは、評価結果が異なるし、個人個人でも感覚のばらつきがある。それらを完全に理論化するのは難しい部分だが、数値と関連させたり、グラフに表したりすることで、少しでも判断が具体的になるようにする。

GXRのレリーズボタン

 「GXRでは、丸形状のボタンを採用しています。いろいろ調べていくと、ボタンがぐらぐらすると、どうも嫌な感じにつながるらしいことが分かりました。ボタンは丸形状であれば安定感があり、そのような感覚が軽減されるようでした。ちなみにGR DIGITALの検討時は、筺体の厚み方向の厳しい制限があった関係で、長丸形状になっています」(篠原氏)。

リコーデジカメのメカ設計って、こんな感じ

 「3次元CADに向かう前に、必ずポンチ絵を描き、公差積み上げ計算(単純な公差の積算や寸法分布を考慮した公差の積算)をExcelで行うことを徹底しています。3次元CADは便利ですから、なんでもそこでやりたくなってしまうものですが、まずは自分の思想を絵に描いて、それに公差積み上げのデータと併せ、レビューして承認をもらった後に、3次元モデル化していきます。そうすることで余計な作業を低減し、効率的な設計業務を実現できると考えています。感覚としてはCADに向かう前までが設計作業で、CAD作業は単純な入力作業というイメージですね。ただし、現実は、まだまだきれいに切り分けられていないのが実情ですが」(篠原氏)。

 先にも出たように、同部署では試作レスを目指している。なるべく3次元CADの段階で、部品干渉などの問題を極力潰しておき、試作はなるべく避け、量産準備の問題も減らしていく。切削品での試作の代わりに、CAD上での干渉チェックはもちろん、技術区やサービス区を交えて、CAD上でのバーチャルな試作を実施したりしている。実際、過去のプロジェクトと比較すると、開発期間は確実に短縮され、設計者個々の作業負担も大幅に減ったとのこと。また、過去の同部署は3次元CAD「MicroStation」を使用していたが、主にワイヤフレームのモデリングだったため、現在採用しているソリッド3次元CAD(SolidEdge)に移行して、設計データの完成度は飛躍的に向上したという。

同社 パーソナルマルチメディアカンパニー ICS設計室 設計1G シニアスペシャリストの篠原 純一氏

 「3次元CAD導入をしてよかったことは、干渉チェックが可能になったこと、バーチャル試作のレベルが上がったことですね。また、3次元の形状を基に議論ができるようになり、DRや他部署との打ち合わせもしやすくなりました。それから技術区(生産技術担当)と打ち合わせする際、組立手順についての議論もしやすくなりました。チーム設計や外部委託の面でも効率化が図れています」(篠原氏)。

 しかし、現実には、量産準備の段階で浮上してくる問題も、決してゼロにはなっていないとのことだ。

 「今回はシステム品だったため、そのあたりは正直、苦戦しました。最近は特に、そのような問題を極力減らしていく動きが強いですね。3次元CADで洗い出せない問題のほとんどは、作業依存の部分です。作業者個々による接着や半田付けのばらつきが左右してしまうのです。ですから、設計で極力、半田や接着、グリース類をなくしていくようにしています。なかなか徹底が難しい部分でもありますが」(篠原氏)。



 「GXRというと、着脱ばかりが注目されますが、実際は本体+カメラユニット1個で完結した商品であり、撮像素子一体だからこそ成し得た高画質&小型化はこのシステムの大きな魅力です」と篠原氏はいう。レンズ交換システムに“小型化”をプラスしたのではなく、小型高性能カメラに“交換式”を付加したとのこと。しかし現実に、ユーザーからは3個目、4個目のカメラユニットのリクエストが非常に多く、その取り組みは急務であるとのこと。またカメラユニット以外のオプションも模索中だという。

 新しい取り組み、という大きな山を1つ越えた篠原氏たちだが、これからも、まだまだたくさんの乗り越えるべき難関が待ち構えているのだろう。

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